◆信託組成者の責任が問われたケース(東京地判令和3年9月17日)
本判決は、士業等による民事信託組成者の在り方が問われた事案です。
本事案は、民事信託を利用して、次男に所有する自宅ビルの大規模修繕を含めた管理・運用・処分をさせることを考えた原告が、司法書士である被告にその旨依頼したところ、被告が作成した信託契約に基づき信託口口座の開設・信託内融資を得ることができず、被告の債務不履行・不法行為責任が問われた事案です。
本事案のポイントは、委託者・受託者の信託を設定する目的として、将来大規模修繕が必要となることから、信託財産となる委託者の自宅ビルに抵当権を設定し、金融機関から融資を得るということが明確であった点です。
本信託設定当時、信託内融資を受けるためには信託口口座の開設が不可欠であり、かかる信託内融資を実際に行っている金融機関は現時点と比較してもかなり少なく、かつそのための信託口口座の開設には、金融機関が求める要件を充足した信託契約が必要であったという実務がありました。
被告が作成した信託契約は信託口開設要件を充足せず、信託契約は作成したものの、信託を作ったそもそもの目的が果たせず無駄になってしまったというものです。
裁判所は、司法書士である被告は、委任契約を締結するに先立ち、原告に対して信義則に基づき、金融機関の信託内融資、信託口口座(狭義)等に関する対応状況等の情報収集、調査等を行ったうえで、その結果に関する情報を提供するとともに、信託契約を締結しても信託内融資および信託口口座(狭義)の開設を受けられないというリスクが存することを説明すべき義務を負っていたにもかかわらず、同各義務に違反したと認められます。したがって不法行為責任を負うとして、信託契約報酬を上回る約170万円の損害賠償責任を認めました。
改正法が施行して民事信託が普及し始めて20年あまり。民事信託は、課税関係や信託口口座も含めて取り扱いが不透明な部分がある点は否めません。
信託については、財産管理が柔軟になることから、そのメリットだけが前面に出される風潮があります。しかし、その不透明な部分や、前述の受託者が信託財産の所有権を得るため濫用のリスクがあるところなどはデメリットといえます。そこで、本判決において、組成者のリスク説明義務が明らかにされ、かつ賠償金額も組成者にとって厳格なものが認められた点は画期的なものでした。
ただ、組成者としては、リスクの説明義務だけを尽くすのではなく、依頼者に信託という制度を正確に理解いただくよう努め、委託者の信託目的を正確に理解し、かつ想像力を働かせて、信託目的を達成する正しい信託の実行に導くことが求められているものと考えています。
