◆受託者のための信託と考えられるケース(東京地判平成31年1月25日)
次は、香港に本店が所在する外国会社O社の株主である原告が、同じくO社の株主であり実妹である被告に対し、原告と被告との間の株式管理処分信託契約書をもって締結された株式管理処分信託契約(以下「本信託契約」)が有効であることの確認を求める事案です。
原告は当初O社の株式の約43.5%を保有していたところ、同社の支配権を得るために、同社の約9.8%の株式を保有する被告に働きかけて、同株式について受託者として信託譲渡を受けたもので、本信託契約は、弁護士関与のもと作成され、都内の公証役場において認証をされました。
信託契約は、30年間という長期のものですが、被告には解除権はなく、信託の目的(O社の価値の毀損を防止し、その利益の最大化を図ること)を達成するために必要な場合、受託者は、受益者である被告にとっての利益相反行為さえも可能であることが契約上規定され、議決権の行使は受託者である原告の完全裁量によることが規定されていました。また受益者である被告の契約変更権も一切認められず、受託者は、善管注意義務・忠実義務も負わないものとされていました。
信託法を形式的に適用すれば、本信託契約は、信託法が認めるデフォルトルール、すなわち別段の定めの範囲内に収まっていて、非のうちどころのないものといえます。
被告側は、錯誤・詐欺や、公序良俗違反で信託契約の無効・取消しを争いましたが、裁判所は被告の主張をすべて退け、本信託契約を有効と判断しました。
もっとも、本信託契約は、その作成経緯・内容および効果としても、受益者はまったくなにもいうことができず、株主としての配当権も含む自益権も確保できない一方、受託者はO社の議決権の過半数を実質的に掌握するという得難い地位を受けるという典型的な受託者のための信託といえます。
しかも信託の本質ともいえる信認義務さえ否定されており、これが信託という法律行為なのか多いに疑問といえます。
信託の本質については様々な議論がありますが、少なくとも受益者が満足できる信託とはいえず、信託が適切なファミリーガバナンスのために利用されたものとはいえないと考えられます。
本件は、公序良俗という一般条項違反では裁判所には退けられましたが、本信託契約締結がそもそも信託行為(信託法2条2項1号)といえるのかという点では個人的には疑問がありますし、ファミリービジネスの維持・発展という目的があっても、このようなメンバー間で信頼関係を損なうような内容の信託契約を組成することはファミリーガバナンスを没却しかねないリスクのあるプランニングであるものと考えられます(本件の組成者はあえてそれを選択されているものと考えられますが)。
