信託とは、簡単にいうと委託者がその財産を信頼できる受託者に託し、受益者(委託者自身の場合も他人の場合もあります)のために管理・運用してもらう仕組みのことをいいます。信託とは十字軍時代の英国で誕生し、コモンローである英米法系諸国で発展した制度です。もっとも、大陸法系である日本でも明治期には多くの信託会社が設立され、大正期には信託法・信託業法として制度化されています。
とはいえ、大正期以降日本で発展した信託は、信託会社や信託銀行が関係する商事信託で、いわゆるエステートプランニングのために信託が民事信託・家族信託としてファミリーに本格的に利用されるようになったのは、2006年に信託法が抜本的に改正されてからといえます。
筆者が、エステートプランニングの業務を担当するようになったのは、純粋な国内相続案件ではなく、主に外国に居住する日本に何らかの関係性があるファミリーや外国の法律事務所からの依頼による外国の要素を含む国際相続案件がきっかけでした。
弁護士業務を開始した約四半世紀前当初から、国際相続案件の依頼の中でも、既に外国で作成しているエステートプランニングについて、日本の法務・税務上のリスクがないか意見を求められる依頼が多かったのですが、英米法系諸国の案件には必ず信託(trust)という問題が出てきて、悩んだ挙句、税務署に相談ばかりしていたことを思い出します。25年前は、信託法改正前で、信託に関する文献も少なく、信託に関する税制も現在と比べてもラフだったのです。
このように、日本で民事信託がエステートプランニングに利用されるようになってから、約20年しか経過していないのですが、民事信託の件数は急激に伸びています。理由の一つとしては、認知症を心配する高齢者が増加する中、任意後見制度が硬直的で利用しにくい一方、民事信託を利用すれば、判断能力を喪失してからの柔軟な財産管理・運用が可能になるからです。
また、ファミリービジネスを営むファミリーの場合、自社株式を受託者に移転することで、円滑な事業承継が可能となったり、相続や譲渡による株式の分散を予防し安定した経営を図ることが可能となることも、信託が利用される要因の一つです。
受益者が死亡した後の後継受益者を指定することで、民法上は不可能であった後継受遺者を指定することが可能となったことや、障害のある子の将来の生活福祉を財産面から支えることも可能になります(いわゆる「親なき後信託」)。浪費癖のあるメンバーが一度に資金を費消してしまうことを信託により予防することができるのも信託の利用が増加した原因といえます。
このように日本でもニーズが高くなった信託ですが、改正信託法の施行から約20年が経過した現在、委託者の希望に沿わない財産運用が行われたり、委託者の設定した目的が達成できないような民事信託の問題点がさかんに指摘されるようになりました。民事信託に関する裁判例も次々と出てきています。税制も含めると信託は結論が見えない論点が多くありますが、改正法の施行から20年を経て、今後裁判例を通じて解決されていくことになろうかと思います。
