財産を「次世代の未来」に活かすという選択
野田さん(80代)は、長年にわたり経営してきた法人の事業を第三者に譲渡し、法人は5億円の譲渡益を得ました。また、個人としても長年役員報酬を得てきた別法人を退職し、退職金などを通じて約3億円の資産を築きました。
8億円という大きな財産を前にして、野田さんには二つの願いがありました。一つは、家族──妻と2人の子に財産を確実に引き継ぐこと。もう一つは、社会に恩返しとして、自らの経験や成功を「次の世代」に活かす方法を見つけることでした。
このように自分が希望することを実現しておきたいので、アドバイスしてもらいたいと相談に来られたのです。
「奨学金財団を設立したい」
野田さんは、自身が若い頃、学費に苦労した経験があります。大学進学は経済的に厳しく、それでも、奨学金やアルバイトでなんとか卒業までこぎ着けたという苦労が、今でも心に残っているといいます。
「もし、誰かが手を差し伸べてくれていたら、もっと少し勉強に集中できていたかもしれない」
そうした思いから、野田さんは次第に「学生を支援する奨学金財団を設立したい」という強い思いを持つようになりました。自分の築いた財産が、家族の将来だけでなく、未来ある若者の学びに使われるなら、自分にとって何よりの喜びになり、恩返しになると考えています。
家族に半分、社会に半分──財産の活かし方を考える
野田さんが目指したのは、家族と社会の両方に貢献する「二本立て」の資産承継スキームです。以下のような方針が定まりました。
・8億円の財産のうち、約半分の4億円は妻と2人の子に相続させる。
・残りの4億円は、財団を設立して学生への給付型奨学金の原資とする。
この構想を実現するには、いくつかの法的・税務的なハードルがありました。特に重要なのは、「財団の設立時期」と「資金の出し方」です。
スキーム設計:個人財産からの拠出と法人資産の活用
野田さんの財産は、法人と個人の二つに分かれています。それぞれの扱いについて、専門家チーム(相続実務士、税理士、行政書士、弁護士)がアドバイスを行い、次のようなスキームを立てました。
ステップ1:公益財団法人の設立認可を目指す
野田さんの構想は、教育支援という明確な公益目的を持っており、公益財団法人として認定される可能性が高いと判断されました。公益財団法人の認定を受けることで、拠出時の寄付金控除や、財団に帰属した財産が非課税になるといった大きなメリットがあります。
公益財団法人として認定を受けるには、内閣府または都道府県の認可が必要であり、運営体制・規模・継続性などの審査をクリアする必要があります。そのため、まずは設立準備委員会を発足させ、定款案や役員構成、支給対象・要件などを詳細に検討しました。この財産の設立には弁護士法人が関わり、実務を担当し、実現に向けて進みだしています。
ステップ2:法人資産の活用
法人には5億円の内部留保があり、財団の設立資金として一部を寄付することが可能です。ただし、法人が寄付を行うと、一定の限度額を超えると損金算入できず、法人税負担が増加する可能性もあるため、ここは慎重な検討が必要です。
そこで、法人からは年1,000万円程度を継続的に財団に寄付する形を取り、毎年の損金算入限度内に収めるスキームが想定されます。
ステップ3:個人財産の一部を生前に寄付、残りは遺贈
野田さん個人の3億円のうち、1億円は生前に財団に寄付し、2億円は相続財産として残す形をとります。そして遺言書を活用し、死亡後に財団に2億円を「遺贈」する内容を明記しました。
このようにすることで、野田さんの意思が確実に実現されると同時に、相続税の対象となる財産が減ることによって、相続税の節税効果も見込まれます。公益財団法人への遺贈は、相続税が非課税となるため、非常に有効な手段です。
ステップ4:相続や遺贈を実現するための遺言書
野田さんは家族に財産を残すだけでなく、財団への遺贈も希望しています。それには遺言書で指定しておく必要があり、遺言書の作成は必須と言えます。
野田さんは88歳。財団の準備をしながら、意思を実現するための公正証書遺言の作成も急務だといえます。遺言書は公正証書として、証人業務を相続実務士が担当します。
