債券・通貨・株式のトリプル安が示したリスク 米国は一人負けか
米国が相互関税を発動したのは日本時間9日の13時1分。その前後、昼の時間帯のマーケットでは米国の債券・通貨・株式(先物)が同時に売られる「トリプル安」となった。
市場が示した反応は「米国売り」。関税発動は米国が一人負けとなることを示唆したともいえるだろう。
今朝の日経新聞が朝刊1面で掲載しているように、この「トリプル安」がトランプ氏に翻意を促したのは明白だろう。特に重要なのは、記事も指摘するように貿易戦争が金融戦争へと発展するリスクである。外国による米国債保有額が日本に次いで世界2位の中国が米国債を売りに出せば、米国が単に高金利に苦しむだけでなく、多くの金融機関のポジションに打撃を与え、金融危機にまで発展する恐れがある。
金融危機に至らないとしても、中国が米国債を売却すれば、米中対立は、単なる世界景気の減速にとどまらず、世界景気が減速するなかで米国金利が上昇するという状況を作り出すリスクを内包する。
さらに世界的なインフレ再燃の懸念も台頭するだろう。なぜなら米国が志向する保護主義は、新たな貿易システムやサプライチェーンの構築を目指すものだが、端的にはグローバライゼーションの否定であり、ディスインフレ時代との決別となるからだ。
単なる関税の上乗せによる物価上昇だけでなく、サプライチェーンの再構築に伴うコストや非効率な生産拠点や物流網の選択を迫られることにより、どう考えても世界がこれまで享受してきたグローバル化による物価の低位安定を放棄しなくてはならない(中国はじめ低廉労働力を行使する国からのデフレの輸入とどちらがよいか、という問題はある。米国はそれに耐えられず保護主義を選んだわけではある)。
つまり、米国で懸念されているスタグフレーション的な環境は世界に波及するリスクがあるということだ。
そうならない希望もある。最近、トランプ政策は中国を利することになるとの論調が目立ってきた。The Economistは「How America could end up making China great again」という論考を掲載した。記事は以下のように述べている。
「習近平は2012年に中国の指導者となって以来、今日の混沌とした世界に備えてきた。経済と技術の自給自足を促してきた。中国は、制裁や輸出規制といったアメリカの締め付けに対する脆弱性を減らしてきた。銀行は依然としてドルへのアクセスを必要としているが、現在では銀行以外のほとんどの国際決済を人民元で行っている。
中国の国内経済には認識されていない強みがある。電気自動車からドローンや空飛ぶタクシーを意味する「低高度経済」まで、競争とテクノロジーの受容によって、中国の工業企業は欧米のライバルを圧倒している。中国から見れば、トランプ氏の関税はデトロイトを1970年代のような時代遅れにするものであり、大学に対する十字軍がイノベーションを後退させるのと同じである。
中国の期待の一例として、ディープシークが挙げられる。ディープシークは、アメリカの半導体禁輸を回避してイノベーションを起こせることを示すものとして受け止められている。
習近平政権は自国産のAIを快く受け入れており、これによって技術が西側諸国よりも早く中国に普及し、生産性が向上する可能性がある。このことと、習近平氏が起業家に対して寛容になった可能性があることが、アメリカ株が下落した2025年にもかかわらず、中国株のMSCI指数が15%も上昇した理由の一助となっている」
日経新聞も、トランプ氏による同盟国も対象とした高関税政策は、米中対立の最前線であるアジアで米国離れを助長しかねないと警鐘を鳴らす。米国の保護主義が、かえって中国とアジアの結びつきを強化するという。それはアジアだけでなく、インドも欧州も、であろう。
米国という世界最大の市場を失うのはどの国にとっても耐え難い。しかし、米国が世界最大の市場であるのは、「単一の市場」としては、という意味だ。
米国の輸入額は約3兆ドルで世界最大だが、第二位の中国は2.5兆ドルでほぼ匹敵する。三位はドイツで1.5兆ドルだが、EU(欧州連合)全体でみれば、その貿易額は、輸出が6.7兆ユーロ、輸入が6.5兆ユーロである。米国抜きでも、中国・EU・アジアだけで巨大な貿易圏ができあがる。米国はすべての国を敵に回しているが、中国・EU・アジアはどの国とも取引できるのである。
つまり、世界経済はそれほどひどいことにならない可能性もあるということだ。相対的に見れば、やはり米国の一人負けのリスクがある。足元の市場の動き、すなわち米国債・ドル・米国株のトリプル安は、それを示唆している。

