(※写真はイメージです/PIXTA)

本記事は、フィデリティ投信株式会社が提供するマーケット情報『マーケットを語らず』から転載したものです。※いかなる目的であれ、当資料の一部又は全部の無断での使用・複製は固くお断りいたします。

中立金利を考えると、円の長期金利は2%程度

次に、景気を熱しも覚ましもしない「中立金利」から、長期金利の水準を考えてみます。

 

まず、日銀の植田総裁は、1月24日の記者会見において「これまで日本銀行の分析の例として中立金利についてお示ししたものは、名目では例えば1[%]から2.5[%]くらいの間に分布しているということです……」と述べています。

 

こう述べた背景を追うと、まず、日銀のスタッフは2024年8月のワーキングペーパーで、「景気や物価に対して中立的な実質金利の水準」である自然利子率(r*)について、「-1%~+0.5%」程度と推計しています。このそれぞれにインフレ目標値2%を足すと、名目では「1%~2.5%」となり、植田総裁が記者会見で示した水準と一致します。

 

[図表4]は、その論文で示されているさまざまな経済学者による自然利子率(実質値)の推計値です。これらの上限と下限も「-1%~+0.5%」程度です。

 

[図表4]日本の自然利子率の推計値(実質値)
[図表4]日本の自然利子率の推計値(実質値)

 

政策金利が中立金利まで引き上げられるとき、インフレ期待は(いくぶん)抑制されることが期待されます。いま「いくぶん」と書いたのは、1. 観測されるインフレ率が「2%の目標値」を大きく上回る現下の状況においては、言い換えれば、2. インフレ率を「2%の目標値」まで引き下げることが求められる現下の状況においては、単に、政策金利を中立金利の水準にまで引き上げただけでは、引き締め効果が十分ではないために、インフレ率が2%まで収束しない可能性が高いとみられることを示すためです。

 

逆に言えば、現下の、上記1. や2. の状況において、日銀は政策金利を中立水準を超える水準にまで引き上げる必要があると考えられます。

 

話を具体的にするために、米国債市場をみてみます。米国債市場では利上げとともに長短金利が逆転し、たとえば「2年国債利回りの水準>10年国債利回りの水準」、「政策金利の水準>10年国債利回りの水準」といったことが起きます。また、長短金利が同一になって逆転するあたりが、利上げが打ち止めになる水準です。政策金利が十分に上がると、インフレ期待が抑制され、長期金利からインフレ・プレミアムが消え去って長期金利が安定します。

 

[図表5]米国の政策金利と国債利回り
[図表5]米国の政策金利と国債利回り

 

これは、サンプルは少ないものの、過去の日銀の動きでもそうです(→以下に説明がつづきます)。

 

[図表6]日本の政策金利と国債利回り
[図表6]日本の政策金利と国債利回り

 

直近2回の利上げ期は、1. 日銀が利上げしてもすぐにデフレに戻って金融緩和を再開したり(→2000年のケース)、2. 日銀の利上げ途上で海外の金融市場で金融危機が生じたり、世界経済が景気後退入りしたりしたことで(→2006年からのケース)、日銀の利上げプロセスは短命に終わりました。そして、利上げは(おそらくは)「まだ途上」であったため、政策金利に比べ、10年国債利回りは高い水準に留まっていました(=イールドカーブがスティープ化したままでした)。

 

他方で、それよりも前の利上げ期においては、利上げが打ち止めになるポイントでは、少なくとも2年金利と10年金利は同水準になったことがわかります(=イールドカーブはフラット化しました)。あるいは、大幅な利上げの後に、インフレ期待が収束していく局面では、2年金利と10年金利は同水準になったことがわかります。

 

すなわち、日本でもインフレ期待が抑制される水準にまで政策金利が引き上げられるときには長期金利の上昇は止まる可能性があるでしょう。また、理屈の上でもそうでしょう。

 

以上をまとめると、1. 中立金利の名目値が「1%~2.5%」であり、2. 現在、インフレ率が目標の2%を大きく上回っている状況を考えると、インフレ期待が2%に収束すると考えられる政策金利は感覚的には(少なくとも中立金利の水準よりも0.5%ポイントは高い)「1.5%~3.0%」程度であり、この場合、10年国債利回りも「1.5%~3.0%」あたりで止まる可能性があるでしょう。

 

別途、日銀が推計する自然利子率の下限(=-1%)が低すぎるとも考えられる点も指摘したいところです。

 

たとえば、元日銀理事の前田栄治氏は、今月中旬の日経QUICKニュース社とのインタビューで中立金利の水準について「(日銀が推計する)自然利子率がマイナス1%という前提は少し低すぎるように感じる。中立金利は理屈の上では1.5%~2.0%程度である可能性も一応念頭に置いておく必要がある」と述べています。

 

この前田氏が考える中立金利の水準をもとに考えると、(現在、上振れしている)インフレ期待が2%に収束すると考えられる政策金利は(やはり感覚的には、少なくとも中立金利の水準よりも0.5%ポイント高い)「2.0%~2.5%」であり、この場合、10年国債利回りも「2.0%~2.5%」あたりで止まる可能性があるでしょう。

まとめ

以上を次の3点としてまとめます。

 

1. (インフレ期待を「ある程度」抑制するための)日銀の政策金利水準は2%程度、これが正しい場合、10年国債利回りの上限は2%~2.5%程度と筆者は考えます。

2. 他方で、さまざまな理由で利上げを1%程度に留めてしまうと、インフレや長期金利が収束しないリスクがあるでしょう。

3. 当面の日本経済や世界の金融市場は、おそらくは「日銀による大幅な利上げ」か「日本の長期金利の大幅な上昇」の2つの可能性を想定すべきでしょう。いずれにせよ、われわれは引き続き、十分な分散投資が求められます。

 

 

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重見 吉徳

フィデリティ・インスティテュート

首席研究員/マクロストラテジスト

 

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