(写真はイメージです/PIXTA)

大きな災害や事故が発生した際に多額の保険金を支払う組織として知られる「ロイズ」は、一般的な保険会社とは異なり、独自の仕組みを持つ集合体です。では、なぜこの組織が「ロイズ」と呼ばれ、このような形態をとっているのでしょうか。ニッセイ基礎研究所の磯部広貴氏が詳しく解説します。

ロイズがコーヒーハウスだった頃

1680年頃にカンタベリーからロンドンにやってきたエドワード・ロイド氏(以下、ロイド氏)がコーヒーハウスを開業した。その店は海軍省に近く、自然と海運関係者が集うようになった。ロイド氏の前歴は知られておらず、もともと海運に馴染みがあってその場所を選んだのか、たまさか持てた店がその場所にあっただけなのかは定かではない。

 

人類史上、保険の起源は中世の地中海貿易における冒険貸借※7にあり、そのリスク移転機能が海上保険に発展したという説が有力である。ロイド氏がコーヒーハウスを始めた17世紀後半の英国ではオランダと競争する中、海運業が急速に発展し関係者の間で海上保険の重要性が十分に意識されていた。

 

1691年、ロイズは他の著名なコーヒーハウスも並ぶロンバード通りに引っ越した。さらにロイド氏は常連の海運関係者が興味を持つ情報を掲載したロイズニュースを1696年から翌年にかけて週3回、計76号発行した。世紀が変わった後にはロイズで行われる取引は海運関係に絞られていき、海上保険のブローカー達はいつもロイズにいるので住所を必要としなくなったようだ。1713年にロイド氏は死去し、コーヒーハウスの経営は親族に引き継がれていく。

 

その間、海上保険が必ずしも順調に発展したとは言えない。1693年のラゴスの海戦※8で英国とオランダの商船に甚大な被害が生じたことを受け、海上保険金の支払い責任を持つ保険者が多数没落した。当時の保険者は個人であったが、やがてこれを法人にしようという機運が生じる。

 

紆余曲折の末、1721年に2社(ロイヤル・エクスチェンジとロンドン・アシュアランス)に勅許が下りた。とはいえ従来通り個人の保険者は認められたため、この2社への認可は他の法人が海上保険に参入することを抑止し、結果として規制の対象外である個人の保険者が組織化されてむしろ業容を拡大していく。その舞台は海運関係者が集うコーヒーハウス、ロイズであった。

 

ロイズは海運関係者の中で情報ソースとしての信頼を確立していたようであり、1734年からはロイズリストが毎日発行されるようになった。出港と入港、各船の積み荷、他国の海軍や海賊の活動状況などを記したものである。尚、ロイズリストは現在に至るも週1回オンラインで提供されている。

 

とはいえ入場料さえ払えば男性は誰でも入れるコーヒーハウスという特性もあってか、海上保険の信頼性に反するような状況※9が報じられてスキャンダル化する。そのような中、1769年、一部の保険関係者が別の場所で新ロイズを立ち上げた。その場所はロイズ(以下、旧ロイズ)の給仕の名で借りられ、コーヒーハウスも営まれた。新ロイズもロイズリストを発行し、しばらくは両ロイズの競争が続いたが、やがて旧ロイズは勢いを失い消滅する。

 

一方の新ロイズは1771年、79人の会員が規約を整え王立取引所内に部屋を借りることとなった。その部屋でも旧ロイズの給仕がコーヒーハウスを運営したとあるものの、誰でも入れる場所ではなくなっていたであろう。

 

もはやロイドの店でもロイドの親族の店でもなくなったのだからロイズと名乗る必要はなかったはずだが、海運に関する正確な情報で結びついた保険関係者の集合体を形容するために、長年使われたロイズ以外の名称を思いつかなかったこと、想像に難くない。

 

※7 船主・荷主など航海者を借り手とし、航海が成功した場合は高利とともに返済する一方、失敗した場合は返済の必要なしとする金銭貸借契約。
※8 ルイ14世が治めるフランスに対し、英国やオランダなど周辺国が結束して対抗した大同盟戦争の一環として行われた。ラゴスはポルトガル南部の都市。英国とオランダの連合艦隊が約400隻の両国商船を護送し地中海に届ける目論見であったが、ラゴス沖でフランス艦隊に襲撃され敗れた。
※9 H.E.レインズ、庭田範秋監訳「イギリス保険史」(1981年、明治生命100周年記念刊行会)145頁以降では、1768年のロンドン・クロニクルによるロイズへの攻撃を「ロイド・コーヒー・ハウスにおいて違法な賭博が驚くほどに行われている状態は、現代の退廃がことのほか根深く、陰鬱なことを示している。(中略)行政が介入する絶好の機会であり、こうした(何か悪い目的で行われるに違いない)保険の創始者や奨励者に、法律の厳格さを示し、うまく中止する良い機会である。」と紹介している。

 

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※本記事記載のデータは各種の情報源からニッセイ基礎研究所が入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本記事は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
※本記事は、ニッセイ基礎研究所が2025年2月19日に公開したレポートを転載したものです。

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