「実家なんだからいいだろう」帰省のたびに増えていった負担
「来週末、そっちに帰るから」
長男の健太さん(仮名・46歳)から連絡があったのは、金曜日の夜でした。
母の節子さん(仮名・81歳)は一人暮らし。夫を12年前に亡くし、年金は月約15万円、預貯金は約1,300万円あります。住宅ローンを完済した戸建てで暮らしています。
健太さんは独身で、離れた都市で会社員として働いています。年に4、5回ほど実家へ帰省しますが、滞在期間は以前より長くなっていました。
「金曜の夜に来て、月曜の朝に帰ることもあります。昔はうれしかったんですけどね」
健太さんが帰ってくると、節子さんは布団を干し、シーツを替え、好物の刺身や肉を買います。朝食も普段の自分一人ならパンとコーヒーで済ませるところを、焼き魚や味噌汁まで用意していました。
さらに、健太さんが学生時代から使っている部屋の掃除もします。
「そんなにやらなくていいよ」
健太さんはそう言います。しかし、だからといって自分で食事を作ったり、布団を片づけたりするわけではありません。
帰省中は友人と飲みに出かけることも多く、帰宅は深夜。翌朝は遅くまで寝ています。
節子さんの負担は、帰省の準備だけではありませんでした。
外食へ行けば「母さんが行きたい店でいいよ」と言われますが、会計になると節子さんが払うことがほとんどです。
帰り際には、「交通費もかかったでしょう」と1万円ほど渡すこともありました。健太さんは最初こそ遠慮していましたが、最近では「ありがとう」と受け取るようになっていました。
節子さん自身、長くそれを問題だとは思っていませんでした。
「息子が帰ってきてくれるんだから、それくらいはと思っていたんです」
ただ、80歳を過ぎてから事情が変わりました。重い布団を押し入れから出すだけでも腰に負担がかかります。買い物袋を持って歩くのも以前より大変になりました。
さらに、前年には給湯器を交換し、今年は屋根の修繕も予定しています。
内閣府『令和6年度 高齢者の経済生活に関する調査』によると、60歳以上の人が今後優先的にお金を使いたいものとして、「自分や配偶者あるいはパートナーの医療・介護の費用」を挙げた人は47.5%でした。高齢期には、子どもへの支出だけでなく、自身の生活や将来への備えも必要になります。
今回の帰省でも、健太さんはいつものように3泊する予定でした。到着したその夜、夕食を終えた健太さんが言いました。
「次は年末かな。また何日か泊まるよ」
節子さんは少し黙ったあと、初めてこう答えました。
「今日で最後にしましょう」
