規制緩和と消費者利益
以上に概観したなかで、本稿の関心から注目されるのは、規制緩和をめぐる動向である。
規制緩和は、貿易摩擦に伴うアメリカの市場開放要求と、財政赤字の解消を目的とした行財政改革の必要性が結びつくかたちで構造問題として取り組まれたが、長期経済停滞が続く状況のもとで、景気回復や経済成長という目的のために必要な政策として位置づけられるに至った。
しかしながら、日本経済の推移に照らすと、結果としては成長促進効果に乏しく、むしろ社会構造の不安定さを増幅したものとも評価される(寺西重郎「序」寺西重郎編『バブル/デフレ期の日本経済と経済政策7 構造問題と規制緩和』慶應義塾大学出版会、2010年)。
興味深いことに、一連の規制緩和の取り組みでは、その経済的意義が消費者利益に結びつけられるかたちで繰り返し強調された。
たとえば、1989年からの日米構造協議で、アメリカは貿易不均衡の原因を日本経済の構造的問題にあるとみなし、大店法(大規模小売店舗法)、系列関係、排他的取引慣行、価格メカニズムなどの改善を要求した。アメリカは、それが「日本の消費者の利益」のためになると説いた(佐々木毅「論壇時評」『朝日新聞』1989年12月27日付夕刊)。
日本側は日米構造協議を受けて、1990年6月に政府が報告書「流通・取引慣行とこれからの競争政策」をまとめたが、その副題には「開かれた競争と消費者利益のために」という文言が使われ、競争の促進が消費者利益にかなうと強調した。
これを報じた新聞も、「日米構造協議の本質は、生産者、供給者第一主義で組み立てられてきた日本の社会構造を消費者優先に切り替えることにある」ため、「報告書が、消費者利益と外国からの競争機会の確保という視点から」まとめられたことを「評価」したい、と受けとめている(『朝日新聞』1990年6月25日付)。
日米構造協議の焦点の1つは、大店法の問題であった。アメリカが競争制限的な規制だとして撤廃を要求したのに対して、大型店からなる日本チェーンストア協会は、消費者利益に沿うものとして撤廃に賛成している(『朝日新聞』1990年3月17日付)。結果から見ると、日米構造協議によるアメリカの圧力は、大型店規制の緩和に向かう重要な転機となり、2000年には大店法が廃止された(石原武政編著『通商産業政策史 1980-2000 第4巻 商務流通政策』経済産業調査会、2011年)。
その後も、規制緩和は消費者利益のための政策として意味づけられ、総じてメディアもこれを好意的に報じた。規制緩和は「消費者利益の観点に立って、非効率な既存事業者の温存を避け、活力ある新規参入者を歓迎するとの考え方」によるものとされ(『朝日新聞』1996年12月6日付)、「〔19〕95年度まで6年間に、規制緩和が消費者にもたらした利益を金額で換算すると年度平均で4兆円を大きく上回る」という総務庁『規制緩和白書』の推計も、好意的に紹介されている(『読売新聞』1997年12月5日付)。
