(※写真はイメージです/PIXTA)

新型コロナウイルス感染症の流行を契機に広まった「オンライン服薬指導」。利便性が注目される一方で、対面では自然に伝わるはずの非言語コミュニケーションが欠けるという課題も浮き彫りになっています。最近の研究では、目線のずれが患者との信頼関係やコミュニケーションに影響を与えることが明らかになりました。本記事では、北海道大学大学院薬学研究院の森綾子氏がオンライン服薬指導における目線の重要性とその改善策について解説します。

薬学教育の最前線から見える数年先の未来

最後に、これまで解説してきた研究内容を踏まえつつ、RIASという分析手法の応用可能性と医療DXについて検討していきます。

 

前述のとおり、RIASは医療コミュニケーションを科学的に分析する手法として確立されています。医師―患者間の対話分析を主な対象としていましたが、2000年代初頭から医療コミュニケーション研究における標準的な分析ツールとして普及しました。発話内容を体系的に分類し、定量的な評価を可能にしたこの手法は、従来の定性的研究に新たな視点をもたらしました。

 

一方でRIASを学術的に使用する際には、時間や労力の負担が課題として挙げられます。たとえば、英語圏では実際の会話時間の約4倍の時間が必要とされますが、日本語ではさらに長い時間を要します。加えて筆者は、語順や婉曲的な言い回しなど、日本語特有の特徴を考慮するために文字起こしを行うほうがスムーズに解析を進められると考えており、その結果、どうしても時間がかかる傾向があります。実際、5分間の会話を解析するのに数日を要する場合もありました。また、RIASを学術使用する際は、信頼性を確保するため2人以上の解析者が結果をすり合わせる必要があります。

 

(出所)森綾子ほか.第34回医療薬学会年会(2024)ポスター発表より
[図表2]RIASのカテゴリー分類の一例 (出所)森綾子ほか.第34回日本医療薬学会年会(2024)ポスター発表より

 

RIASを学術目的で使用するには綿密な解析プロセスと専門的な知識が求められますが、今後はRIASの持つ有用性を維持しながら、さらに実用的な応用を検討していく予定です。現在、筆者はRIASのカテゴリー分類を自動化するためのAIツール構築に取り組んでおり、さらに音声認識技術を組み合わせることで、発話状況を自動的に分析・評価できるシステム開発の構想を進めています。生成AIや音声認識技術の発展を考慮すると、これらの自動化は技術的に実現可能な段階に達しているといえます。

 

将来的にはこの技術をVR(Virtual Reality, 仮想現実;コンピューターによって生成された三次元空間をユーザーが没入感をもって体験できる技術)や、MR(Mixed Reality、複合現実;現実の環境に仮想の映像や情報を重ね合わせ、リアルタイムで連携させる技術)プロジェクトと統合することも視野に入れています。ただし、システム全体の構築においては、各要素技術の信頼性と精度を十分に検証する必要があると考えています。

 

また、現在は薬学生と模擬患者との会話のみを分析対象としていますが、将来的には大学と医療機関が連携し、実際の服薬指導を記録した動画データを解析することで、薬剤師の業務改善や患者の理解促進に活用することを目指しています。加えて、RIASは患者の個人情報を「パーソナル」というカテゴリーに分類して除外することも可能であるため、データの二次利用に伴う課題が比較的少ない点も利点の一つだと考えられます。

 

北海道大学薬学部では、これまでに模擬患者の養成とその協力のもとに、模擬的な医療施設を活用したロールプレイ形式の実習を実施してきました。これらを通じて、薬学教育における教材作りの重要性に着目し、さらに教育環境を充実させるための方法を模索するようになりました。その一環として、前述のVRやMR、メタバース(インターネット上に構築された三次元の仮想空間。ユーザーは他者と相互作用することが可能であり、学習などの多様な活動を行うことができる)の技術と、RIASの分類を自動化するAI技術を組み合わせたシステムの構築を計画しています。

 

これらの技術を活用した教材の実現には、システム構築における技術的な準備や設計プロセスに一定の労力を要します。しかし、一度システムが完成すれば、学生は仮想模擬患者との対話を通じて繰り返しシミュレーションを行い、AIから具体的かつ学生に応じて動的に生成されるフィードバックを受けることが可能になります。

 

この仕組みは、従来の模擬患者を用いた実習では困難であった希少疾患への対応や、多様な場面設定を実現するうえでも有効です。また、特に対人コミュニケーションに不安を抱える学生にとっても、心理的負担を軽減しつつ学習に没入できる効果が期待されます。

 

教材開発の最終的な目標は、患者の戸惑いや不安を軽減し、安心して治療に専念できる環境を提供することができる薬剤師の育成です。オンライン環境でのコミュニケーションの質を確保していくためにも、薬学生にとって魅力的で実践的・効果的な教材を開発し、未来の医療を支えるための教育的および学術的な基盤を確立し、薬剤師教育のさらなる発展に寄与したいと考えています。

 

(参考文献)

・文献1:Mori A, et al. Impact of eye contact on communication during online medication counseling: An analysis using the Roter Interaction Analysis System. Biol Pharm Bull. 48(1):17-22(2025).

・文献2:Mori A, et al. Quantitative analysis of communication changes in online medication counseling - Using the Roter Interaction Analysis System. Res Social Adm Pharm. 20(1):36-42(2024).

・文献3:森綾子ほか. オンライン会議システムを活用した医療面接実習の実践とその評価”. 薬学雑誌. 142(6):661-674(2022).

 

 

森 綾子

北海道大学 大学院薬学研究院 臨床薬学教育研究センター

技術専門職員

 

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