目線の合うカメラの導入でオンライン服薬指導の質を維持
北海道大学薬学部での、オンライン服薬指導における効果的なコミュニケーション方法の研究について紹介します。
新型コロナウイルス感染症の流行を契機に、Zoomを活用した模擬患者との実習プログラムを開発、薬学生がオンライン環境での患者対応スキルを習得できる機会を設けました。また、オンラインと対面のコミュニケーションの違いについても解析を行い、オンラインよりも対面のほうが患者の満足度が高く、患者の不安も軽減され、信頼関係を築きやすいことが明らかになりました(文献1)。
ここまでの研究結果を踏まえ、カメラ目線がオンライン服薬指導のコミュニケーションにどのような影響をおよぼすかについて検討を行いました。オンライン実習プログラムを実施した際の薬学生へのアンケートで、「患者さんと目線が合わないため、感情や理解度の把握が難しい」という声が複数寄せられました。「では、目線が合うようにしたらコミュニケーションにどのような変化が起こるのだろう?」と考えたことがこの研究のきっかけです。
この研究では、デバイス(ノートパソコン)の小型カメラの配置を工夫することで、オンライン上での自然な目線の一致を実現しました。使用したのは市販の自在に曲げられるアーム付きWebカメラで、数千円程度のものです。
目線が合うのは「モナリザ効果」に基づいたものです。これは、音楽室にある音楽家の肖像画がこちらをずっと見つめている、というお話にあるような、絵画や写真に描かれた二次元の人物が、どの角度から見てもこちらを見つめているように感じられる現象を指します。この現象は、視線方向が正面を向くように描かれている場合、観察者が左右どちらに移動しても、観察者に視線が向けられているように見える錯覚に起因します。
この研究でも、小型カメラの配置により通話している相手の目線が正面になるように設定したことで、自然に目線が合う状態を作り出しています。こうした環境設定を行ったデバイスを用いて、検証を行いました。
検証では、10名の薬学生(男女各5名)と50代・60代女性の模擬患者2名を対象とし、在宅医療の場面設定をしたロールプレイを実施します。Zoomに接続したノートパソコンの「標準Webカメラ(目線なし)」と、前述の目線が自然に合うように設定した「アイコンタクトカメラ(目線あり)」を比較しました。ロールプレイを繰り返すと学生はどうしても慣れて対話が上手になってしまうため、薬学生側の習熟度やこうした慣れの要素を排除するために、
1.「標準カメラ」から始めるグループ
2.「アイコンタクトカメラ」から始めるグループ
の2つにわけ、さらに前回のロールプレイの内容が次回のロールプレイに影響を与えないようにするため、ウォッシュアウト期間を設定しました。
薬学生と模擬患者のあいだの対話はすべて録画を行い、RIAS*(Roter Interaction Analysis System)という分析手法で評価しました。この手法では、医療従事者と患者の発話(カテゴリーに分類可能な状態で分割できる最小単位)内容を「社会情緒的」と「業務的」の側面から、「社交的会話」「同意」「医学的状況に関する質問」「生活習慣に関する情報提供」など、40以上のカテゴリーに分類し、それぞれの出現回数による定量分析を行います。
研究の結果、「目線あり」のほうでは、患者がより多く話し、特に気持ちに関する発話を分類したカテゴリーグループ(Partnership behavior)の発話が増える傾向が明らかとなりました。「目線あり」の条件では、患者の総発話数が13%(以下、中央値の比較)多く、Partnership behaviorに分類される発話全体が14%多いという結果が得られました。
また、「目線あり」の条件における薬学生の発話のうち、確認(Check)が37%多く、患者の同意(Agree)の発話も29%多いという傾向を示しました。Checkのカテゴリーに対する返答はAgreeにコーディング(ラベルを付けて分類)するというRIASのルールを鑑みても、「目線あり」の条件下では学生が患者によく確認をする傾向があったことがわかりました。
これは発話の実数だけでなく、発話数全体における出現比でも増加傾向に。オンライン環境下であっても、目線が合うことで服薬指導コミュニケーションの双方向性が保たれることが示唆されました。加えてロールプレイ後のアンケートにおいても、参加した薬学生10名中7名が「目線あり」のほうが指導しやすいと回答しました(文献2)。
したがってこれらの数的データから、「目線が合う状態」を確保することで、オンライン環境においても相互理解が深まり、コミュニケーションの質の向上につながる可能性が示唆されました。「目線が合う仕組み」は医療機関がオンライン上の患者に安心して治療に専念できる環境を提供していくためにも、非対面での医療行為全般において重要な役割を果たすかもしれません。
* RIAS:米国ジョンズ・ホプキンス大学のRoter博士によって開発された、医療従事者と患者の会話を定量的に解析する相互作用分析システムです。対話に参加している人々それぞれの発話を40以上のカテゴリーに分類(=コーディング)し、社会的側面や問題解決プロセスの側面から、医療コミュニケーションの質や効果を客観的に評価します。