(※画像はイメージです/PIXTA)

本記事は、西村あさひが発行する『N&Aニューズレター(2024/7/31号)』を転載したものです。※本ニューズレターは法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法または現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、西村あさひまたは当事務所のクライアントの見解ではありません。

(2)品質不正の防止・早期発見

 

ア 機会の防止

 

品質不正の機会を防ぐために牽制チェックを働かせることです。牽制チェックが正当化への対処にもなります6

 

※6 この点、拙稿「企業不祥事の防止―機会の防止の重要性」危機管理ニューズレター2022年11月30日号もご参照ください。

 

具体的には、例えば、業務過程において、1人に依存することなく、別の者によるチェックが入るようにすること(職務分離)、マニュアル処理をできるだけ排除して、検査等の自動化・データ保存をすること(証跡保存、見える化)、品質監査ではインからアウトまで(顧客仕様から作業規程、検査成績書・出荷試験等まで)記録や実データを突合して見ていくこと、定期的な人事異動を活性化することなどが考えられます。

 

イ 正当化の防止

 

正当化を防ぐための手法や着眼点ですが、過剰な出荷基準や過度な収益目標、過度なノルマといったものがあると正当化が生まれやすくなるので、そうした過剰な基準や目標等は見直していくことが必要です。

 

そもそも、冒頭でも述べましたが、「性能に問題はない」といった正当化自体が正しいのか、顧客の立場に立って役職員に考え直してもらう必要もあります。

 

正当化を防ぐには、経営から常にメッセージを送ったり、日頃のOJTや教育を通じて、個々の役職員の意識を変えていくことも必要です。どのように意識を変えていくのか、ですが、独りよがりに「物さえよければいいんだ」ではなく、「手続やプロセスで品質を証明する」という意識づけをしていく。他社の品質不正の事例などを素材にした教育も役に立つでしょう。

 

規格や認証についても、単に外圧だと思うのではなく、検査やフォローアップ・サービスの機会を有効活用しようと発想の転換をする。なお、作業の意味合いや目的が分かっていないために、役職員が本来必要もない検査結果の書き換えなどを行って不正が起きることもあるので、作業の意味や目的の教育も重要です。

 

実質的に性能は問題ない、お客さんから信頼されて任されているといった正当化との関係では、ヒアリング等でそう仰る方に「それなら、どうしてお客さんにそう説明しなかったのですか。お客さんに話して了解を取っておけば問題なかったはずでは?」と聞くと、皆さん、答えに窮するわけです。結局、そうした正当化をしていても、実際は顧客に説明できなかったわけです。顧客に胸をはって堂々と言えないことは、やはり間違っているのです。そうした認識をもってもらうことが大事です。

 

似たような話として、品質不正に限らず、様々な不祥事で「会社のため」だったという正当化もよく聞きますが、本当の意味での「会社のため」は、問題があったら声をあげることであって、それを役職員の皆さんには分かって頂きたいところです。「あいつは正論ばかり言っていて…」などと言っているような組織ではダメなわけです。

 

ウ 後任者の気づきの奨励

 

教育や意識喚起という観点では、役職員をして、人事異動時や前任者からの引継ぎ時に意識をもってもらうことが大事です。品質不正に限らず、横領や独禁法違反などのケースでも等しく当てはまりますが、異動があって、後任者が前任者の仕事のやり方に疑問をもって、不正が判明するというケースは多く見られます。だから、前任者からの引継ぎの時に、後任者において、前任者の仕事を何の疑問もなしに盲従するのではなく、どこかに問題はないか、間違っているところはないかといった目で見ていくことが大切です。

 

エ 全員参加で品質不正問題に取り組む必要性

 

品質不正の問題があった企業における再発防止策という観点からは、工場の全員が一体となって品質問題に取り組んでいくことが重要です。例えば、過去に、ある事業拠点で品質不正問題があって、全社を挙げて再発防止の取組をしたが、その際には問題を掘り起こし切れておらず、今回、別の拠点で別の品質不正問題が発覚したといったケースがあるとします。

 

ヒアリングなどで「以前の問題のとき、会社は再発防止策として、いろいろな取組をしていたのに、何故、その時に対応しなかったのですか」と聞くと、「当時、それは品質部門がやっていたことで、私は担当ではなかったので、あまり意識していませんでした」といった回答が返ってくることもあります。

 

当否はともあれ、本社や工場等の品質部門の取組に対し、現場の多くの方が自分とは関係ないと距離をおいてしまうこともないではなく、そうなると、なかなか足元の問題を取り上げようとしない、改善しようとしない、その結果として不正が続く、となります。理想論かもしれませんが、組織横断的にPTを作るなど、工場の全員が一体となって全員参加で対応していくことができる体制や環境を整備することが大事です。

 

オ 品質部門の独立性確保・強化

 

牽制・チェックを強化するために、品質部門の独立性の確保・強化も重要です。

 

指揮命令系統や人事評価ですが、工場内の「工場長⇒品質管理部長・品質保証部長」という縦のラインだけでなく、本社の品質部門からも工場の品質部門を直接指揮監督し、人事評価なども行う仕組みは検討に値します。

 

工場長からの工場の中だけの指揮命令系統ですと、設計や開発が優位ですし、工場自体の採算性の問題もあるから、品質部門に出荷停止権限があると言っても、納期逼迫の場合など、問題があっても、工場長の意向や工場の中の何となくの空気に抵抗して、出荷停止だとは言いにくい場合もあります。品質部門が自信を持って出荷停止と言えるようにするために、指揮命令系統や人事評価は工場長だけでなく、本社の品質部門とつなげることも、一つの方法としてはあります。

 

また、工場内の人事異動のパターンを牽制・チェックの観点から見直すことも必要です。設計・開発、製作、検査の間で、総合に人事交流をすることにも大いに利点はありますが、先ほども述べたように、相手の事情が分かると、品質部門がきついことを言いにくくなって牽制・チェックが働きにくくなることもあります。

 

それと、人材や設備投資の点で品質部門を軽視していないかどうかの検証は大事であり、企業内で、あるいは業界で、品質保証や品質管理の専門家を育成していくこともできるとよいと思います。

 

特に、検査設備の更新や増強などの「守りの」設備投資は、採算性向上に直ちに結びつくものではないとのイメージがあるので(そのイメージ自体がそもそも間違っていると私も思いますが)、数字に責任を持っている事業部門や事業拠点では、先送りしがちになります。だから、こうした「守りの」設備投資こそ、経営トップなどの経営陣が率先して予算を配賦するなどしていくべきであり、まさに経営者の「経営判断」が求められるところです。

 

カ 上司・同僚に相談しやすくする、声をあげやすくする(心理的安全性)

 

品質不正事案では、上司にあげて顧客と相談しておけば何の問題もなかった事案が多いと思います。実際、性能は良い、顧客の要求仕様や自社の出荷基準がハイスペック過ぎた、といったことで、品質不正問題の発生後、顧客に丁寧に説明して回ったら、顧客から今回は特採(トクサイ)でよいと言われて、補修や損害賠償・補償といった問題にならずに済んだり、あるいは、顧客も受入検査でスペックが仕様に足りないのを分かっていたので何も問題なしで終わったり、ということは珍しくありません。もっとも、それだけに正当化が生じやすい、という面もあって悩ましいのですが…。

 

このように、もっと早く上司に相談して、顧客に説明しておけば、品質不正などという問題にならずに済んだ、というケースが多いのです。

 

ただ、残念ながら、先ほど申し上げたように、声をあげること、上司や顧客に相談することの物理的・心理的負担から、声があがらないで、品質不正という問題になってしまう。対応負担の重さや心理的負担だけでなく、先輩・同僚に迷惑をかける、職場で孤立するかもしれない等々があって、声があがらない。

 

そこで、最近のはやり言葉ですが、「心理的安全性」を確保して、問題があったら声をあげやすくすることが非常に重要になってくるわけです。

 

では、その「心理的安全性」をどうやって確保するのか、声をあげやすい組織風土・組織文化を作るには、どうしたらよいのか、これが実際には難しいのです。「心理的安全性」と言葉で言うのは簡単ですが、これがなかなか正解はありません。

 

組織風土・組織文化というのは、先輩や上司が長い年月をかけて作ってきたものであり、会社というのは、やはり、社長など経営者の言動に役職員は注目します。いくら心理的安全性と言っても、経営者が、部下の問題指摘を突っ返していたら、役職員は誰も「なんだ、心理的安全性なんて、ただの建前か。うちの会社は、やはり、物言えば口寒し、だな。」なんていうことになってしまいます。だから、まずは、経営者がメッセージを繰り返し、自らの言動でもって、部下が相談しやすい雰囲気を作っていかなければなりません。

 

では、心理的安全性を高めるために、もっと具体的な方法はないのかですが、一つには、声をあげた人に対する、周囲のサポート体制です。上司に声をあげたはいいが、上司からは「そんな問題があったのか。ありがとう。君の方で検討して対策を作ってくれ」と言われ、結局、ボールが自分たちに(自分だけに)戻ってくる。自分一人(あるいは少数の担当者)で問題を抱えこんで、残業や土日出勤の連続で、資料をまとめて、何度も上司から指摘を受けては資料を作り直し、やっとお客さんのところに説明に行って、今度はお客さんから「あれはどうなっている。これはどうなっている」となるようでは、馬鹿らしくて声をあげようともしなくなります。だから、原因究明・是正措置にしろ、顧客説明にしろ、声をあげた人に対する組織やチームでのサポート態勢を作ること

 

(あるいは、声をあげた人に対応責任を負担させないこと)、そうしたサポート体制があることを社内に十分に周知して、まさに安心を醸成することが大切になります。

 

また、解決策の提示を直ちに求めないなど、声をあげやすくするための中間管理職の意識改革も必要です。日本企業に特有なのかどうか分かりませんが、会社でも官庁でも、責任感の強い人ほど、上司に問題点を相談するに際して、解決策も検討しないで、ただ「問題がありました。どうしましょう」というだけの話を上司にあげるのは、部下としてどうなのか、という意識があります。解決策を持っていかないと、上司に相談できない、と思って、そのために報告や対応が遅れてしまい、そのうち別の緊急案件が生じて放置されてしまい、品質不正が続く。まずは声をあげてもらうことが大事なので、中間管理職も、問題点の報告があったら解決策の提示を直ちに求めないようにする、むしろサポート体制をきちんと作る、その方がはるかに大事です。「問題がある」と言いっぱなしにするだけでよいのです。中間管理職だけでなく、担当も含めて社員の意識をこのように変えていかないと、なかなか声はあがりにくいと思います。

 

中間管理職といえば、どの会社でも、業務の効率化や所管範囲の拡大、新規業務の発生などにより、中間管理職が昔より、はるかに忙しくなっている、という話を聞きます。そのため、課長なのに工場の現場に足を運ぶ頻度が少なくなっている、部下が上司に相談しようにも上司が「忙しいオーラ」を出していて相談できない、中間管理職の機能不全が品質不正の一因ではないか、といった話を聞きます。簡単に中間管理職を増やすわけにもいかないのでしょうが、それでも、IT技術なども駆使しつつ、中間管理職が本当に「管理」できるように組織を見直すことも、理想論かもしれませんが、検討が必要だと思います。

 

それと「先輩同僚に迷惑をかけるから今まで言えなかった」という話も結構多いのですが、そういう方に「先輩や同僚が大事なのも分かりますが、問題解決を先送りすれば、後輩に、どえらい迷惑をかけることになると思いませんでしたか」と聞くと、「確かに後輩のことを思って、もっと早く声をあげるべきでしたね」となります。後輩に迷惑をかけるという発想を日頃の教育等で訴えることも一つの方法だと思われるところです。

 

キ 継続的な取組の必要性(品質不正あぶり出しのための第三者窓口による顕名アンケートの定期的実施プラス社内リニエンシーなど)

 

品質不正を完全に発見したり防止したりするのは現実的には難しいと思います。中には、品質不正問題での調査委員会の調査中に、新しい品質不正が始まったりもします。だから、継続的に、不正を防止したりあぶり出したりするための努力を続けていく必要があります。

 

この観点からは、品質不正あぶり出しのための第三者窓口による顕名アンケートの定期的実施(状況に応じて、社内リニエンシーなども組み合わせること)が考えられます。

 

具体的には、3年ごと、5年ごとなどに、本社・グループ会社の役職員を対象に、(品質)不正等に関する情報提供や自主申告を促すアンケートを、匿名回答ではなく、顕名の回答という方式で行います。匿名ですと、回答があっても回答者により詳細な情報提供を求めることができず、その後の調査に支障があることが少なくないため、顕名回答にしますが、そうすると役職員が情報提供や申告を躊躇する懸念があるので、回答は、外部の弁護士事務所など第三者に対して行うこととし、その第三者窓口は、氏名その他回答者の特定に結びつく情報は、回答者の明示の承諾がない限り、会社側に一切伝えないこととして、それを役職員に事前に告知した上で、顕名回答でのアンケートを行います。

 

もちろん、こうしたアンケート自体は、外部の弁護士事務所等が担当している外部の内部通報窓口が主体で行って、顕名での回答も外部の通報窓口に対して行うこととしても、構いません。「品質不正あぶり出しのための第三者窓口による…」とする趣旨は、役職員に対して、特別で重要なアンケートであり、(毎年の恒常的なアンケートとは異なり、)必ず真摯に回答しなければならないものだと強く認識してもらうために、特別感・非常時感を出すための言い方に過ぎません。

 

社内リニエンシーというのは、要は、違法不当な行為を発覚前に自主的に申告(つまり「自首」です)したら、懲戒処分を一切しない、あるいは一段階、二段階引き下げると、事前に予告して、自主的申告を促すものです。私どもの経験上、必要的減免型の社内リニエンシー付きで(「必要的減免」というのは、自主的申告があれば、必ず懲戒処分を減免する、と約束して行うものです。つまり、「減免できる」という会社の裁量型ではなく、「減免する(しなければならない)」と役職員に約束するものです)、こうしたアンケートを行うのは、品質不正に限らず、違法行為の自主的な申告を促す上で、効果的です。

 

ただし、効果的な反面、社内リニエンシーには、モラルハザード問題もあります。例えば、上司の指示で部下が不正を行っていたとします。上司が自主的に申告して、必要的減免で上司は懲戒処分を一切受けず(あるいは、本来、懲戒解雇のところ、減給で済むなど)、部下は懲戒解雇になる、というのは、どうなのか、ということです。そのため、社内リニエンシーを導入するにしても、必要的減免型を常設の制度として設ける例は、ほとんどないと思います。他方、就業規則等で、自主的申告であれば、会社は懲戒処分を減免「できる」とする例は数多く見られるところであり、そもそも、懲戒処分の要否等を判断する上で総合考慮すべき事情の一つとして自主的申告や調査協力を斟酌することは当たり前のことなので、裁量型は、役職員に対するアピール効果を別にすれば、本来は「社内リニエンシー」と呼ぶ必要もないものではあります。

 

この点、3年ごと、5年ごとに行うものであれば、そのアンケートのときに限定して、必要的減免型の社内リニエンシーをつけて行っても、モラルハザードなどの弊害はそれほど気にしなくても大丈夫だと思われます。なお、社内リニエンシーを行うときには、同時に、「今回のアンケートで自主的に申告しないで、他の役職員のアンケート回答や後日の会社の調査で不正が判明した場合には、懲戒解雇を含む重い懲戒処分を行う」旨をセットで告知することも重要です。

 

そのほか、継続的取組という点では、品質不正などの大きな事件が発覚した日や会社が起訴された日などの特定の日を選んで、「コンプライアンスの日」などと銘打ち、全社をあげて、毎年、その日に、事件を風化させず、全役職員がコンプライアンスを再確認する取組を行っている会社もあります。

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○執筆者プロフィールページ
木目田 裕
宮本 聡
西田 朝輝
澤井 雅登
寺西 美由輝

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