執筆者:木目田 裕
なお、本稿は私の個人的見解であり、旧ジャニーズ事務所の見解ではありません。
1. NGリスト問題をめぐる事実関係
NGリスト問題をめぐる事実関係については、旧ジャニーズ事務所が2023年10月10日に公表しているとおりです※1。本稿に必要な限度で、その概要をまとめると以下のとおりです。
※1 旧ジャニーズ事務所(現スマイル・アップ社)による2023年10月10日付け「NGリストの外部流出事案に関する事実調査について」。なお、同社による2024年8月27日付け「NGリストの外部流出事案に関する弊社委託先による調査結果の受領について」も参照。
①NGリストは、旧ジャニーズ事務所の指示で作成されたものではなく、記者会見を受託していた危機管理広報業者(以下単に「ベンダー」と言うことがあります)の担当者が独断で、記者会見開始直前に会場で作成して、司会者やベンダーの業務委託先であったイベント運営会社の担当者等だけに共有したものであった。
②ベンダーの担当者としては、NGリストの作成理由について、司会に特定の記者を指名させないという意図ではなく、この日の会見のテーマに関係する質問から先に受け付ける趣旨で作成・共有したものであって、旧ジャニーズ事務所からの指示に反しているという意識がなく、「氏名NG」(ママ)という文言は安易に本来の意図とは異なって解されてしまう用語を用いたものであると説明している。
③実際の記者会見においては、録画結果からも明らかなとおり、司会者は、「氏名NG記者」とされている記者にも指名して発言させており、「氏名候補記者」及び「氏名NG記者」のいずれについても、約5割を指名した。不規則発言を伴う質問を含め、「氏名NG記者」からの質問数(合計8問)及び質疑のために対応した時間(合計14.5分)は、「氏名候補記者」とされている記者からの質問数(合計5問)及び質疑への対応時間(合計11.5分)を上回っていた。また、「氏名NG記者」のうち一名による質問に関しては、登壇者(旧ジャニーズ事務所社長と私です)の判断で、司会者に対して2問目の質問にも回答する旨を告げて、旧ジャニーズ事務所において指名して質問に回答している。
2. 事実に反して、旧ジャニーズ事務所がNGリストを記者会見ベンダーに作成させたことを、暗黙の前提にしていると思われる点
本見解の多くは、旧ジャニーズ事務所がNGリストを記者会見ベンダーに作成させたことを、暗黙の前提にしているように思われますが、かかる前提は事実に反する上、論評の仕方として疑問があります。
旧ジャニーズ事務所がベンダーにNGリストを作成させたという事実関係であれば、確かに、旧ジャニーズ事務所「による」「記者会見の失敗」となりますが、事実関係として、NGリストはベンダーが独断で旧ジャニーズ事務所の意思に反して作成したものです。
本人の意思によらない他人の行為を理由にして、その本人を記者会見の失敗と批判することは、適切であるとは思いません。これに対し、もし、旧ジャニーズ事務所の指示に基づいてベンダーがNGリストを作成したのだと考えているのであれば、根拠や証拠を提示しつつ、その旨を正面から主張した上で論評するのが正しい在り方ではないでしょうか。
その上、NGリスト自体は性加害問題の本質から外れた問題です。記者会見での代表者等の不適切な発言などが問題とされた件とは異なり、旧ジャニーズ事務所の記者会見では、登壇者の発言内容に失言があったとされているわけでもありません。
本件の事実関係を前提にする限り、NGリストを理由に批判するのであれば、記者会見運営を行う危機管理広報のコンサル業者の在り方を問う必要があります。
これは、NGリスト問題に関し、一部の危機管理広報のコンサル業者が記者会見の失敗等と喧伝したこと※2にも現れている問題ですが、
※2 なお、こうした危機管理広報のコンサル業者のコメントの中には、実際の記者会見の録画等を見ているとは思えないコメントもありました。例えば、あるテレビ局の報道で、危機管理広報のコンサル業者が有識者として登場し、「旧ジャニーズ事務所がNG扱いをする意図がなかったのであれば、会見の現場で、司会に指示してNGとされた記者を指名して、回答するべきであった」という趣旨のコメントをしていましたが、上記1③のとおり、私と他の登壇者の間で相談して、その場で、司会に断って、NGとされた記者の方を指名して質問して頂き、登壇者から回答しています。
●「記者会見をうまく乗り切ろう」等という動機付けが危機管理広報のコンサル業者等に働くと仮定すれば、それこそがNGリストのような依頼者の利益を損なう問題を生む背景になってしまうのではないか
●企業不祥事の記者会見では真摯な謝罪と説明こそが重要であり、どれほど厳しいものであろうと、企業は批判を真正面から受け止めていくべきであって、「記者会見をうまく乗り切ろう」「批判されないようにしよう」という発想は適切でなく、むしろ有害なのではないか
●危機管理広報のコンサル業者等が記者会見で果たすべき正しい役割は何か、危機管理広報のコンサル業者等がNGリストを独断で作って、しかも、それが報道機関に流出して企業が批判されるというのは危機管理広報のコンサル業者の存在意義の自己否定ではないか
等といった点を考える必要があるのではないかと思われます。
3. NGリスト問題による批判というものの中身の不明確
本見解の多くは、NGリスト問題で批判を拡大させたことが失敗だと論じていますが、2回目の記者会見の現場では上記1③のとおり、旧ジャニーズ事務所は特定の記者のNG扱い(特定の記者だけを指名しない、応答しない等を言います。以下同じ。)などしていません。
旧ジャニーズ事務所が記者のNG扱いを実際に行ったから批判された、というのであれば分かりますが、記者会見の録画内容からも明らかなとおり、旧ジャニーズ事務所はNG扱いなどしていません。少なくとも旧ジャニーズ事務所による2023年10月10日付けリリース以降は、10月2日の会見当日の様子は録画という客観証拠が存在することもあり、一部のネット・メディアを除けば、旧ジャニーズ事務所が現にNG扱いをしたと具体的に指摘する論評はないように思われます。
そうすると、実際にはNG扱いをしていないにもかかわらず、「NGリスト問題が旧ジャニーズ事務所への批判の拡大となった」という見解が、何故、成立するのかが不明です。この点は、本見解の中身を見ても、明らかではありません。本見解も、実際の会見内容という客観証拠に照らし、「記者会見でNG扱いがあったのが事実だ」と主張しているわけでもないと思われます。実際にはNG扱いなどされていないのに、NGリストが作られたこと自体が、何故、いかなる点で問題になるのか、きちんと見解を述べている見解は見当たらないように思われます※3。
※3 1社1問とする質問数の制限に対する批判がありましたが、質問数の制限が問題だというならば、それを正面から論じるべきです。記者会見会場の物理的・時間的制約や、回答者の体力や集中力の限界がある中で、できるだけ多数の記者の方に公平に質問の機会を付与する観点から、質問数の制限は必要だと、私は考えます。
質問数の制限を批判する方は、多数の記者への公平な質問機会の付与について、どのように考えているのでしょうか。あるいは、1社1問ではなく、2問や3問という制限ならよいと考えているのか、その理由は何なのか、4問や5問でなくてよいのか、といった疑問もあります。そもそも、旧ジャニーズ事務所の2回の記者会見の録画だけを見ても明らかなとおり、一般に、実際の記者会見では、質問数の制限をしても、それを超える複数の質問がなされることも少なくありません。よほど極端に質問数が多いケースや質問者がマイクを長時間にわたり独占しているケースでない限り、回答者も質問に概ね全て答えることが通常ですが、こうした批判は、記者会見のそうした実情ないし実態を承知した上での見解なのかどうかも疑問です。
なお、旧ジャニーズ事務所の2023年9月7日の第1回目記者会見では、記者会見ベンダーに対し、主要なテレビ局及び新聞社から「多くの記者が質問をしたい中で特定の記者がマイクを長く握って説明や意見表明に時間を割いてしまい、したい質問が出来なかった」、「質疑応答の仕切りが悪い」、「不規則発言が多いのでもっと整然とまともに質問ができる場を整えてほしい」などといったフィードバックがあったとのことです(上記2023年10月10日付け「NGリストの外部流出事案に関する事実調査について」)。
このように、NGリスト問題は、一体、何を批判しているのか、批判の中身がはっきりしないまま批判だけが先行した、という問題であったように思われます※4。
※4 その原因の1つは、後述するとおり、最初にNGリスト問題を取り上げたテレビ局の報道が、実際にはNG扱いがなかったこと(NGとされた記者であっても、記者会見の現場では、指名や応答が実際には行われていたこと)はあまり取り上げず、「現在の」旧ジャニーズ事務所に対する批判を専ら目的としたものであったこと、他のテレビ局もそれに追随した報道を行ったことにあると思います。当時における、NGリスト問題は「批判だけありき」という風潮の中で、「実際の会見でNG扱いがあったのかどうか」等といった客観的な事実に対する冷静な検証がおざなりにされてしまい、批判一色の中で「物言えば口寒し」という状況で正論が萎縮した面もあったのではないか、日本の将来という観点から、危惧されるところです。
本見解の多くは、「実際の記者会見ではNG扱いなどなかったのに、NGリストが作られたこと自体が、何故、いかなる点で問題になるのか」という問に答えることなく、ただ「NGリスト問題で批判を拡大させた」等と繰り返しているだけです。
この問に答えないで批判するだけでは、「『失敗と批判されたことが悪い』と批判する」という循環論法に過ぎません。「失敗だと自分たちが声高に批判をした」ことをもって批判の理由とするようでは、マッチポンプと変わらないことにもなります。報道機関が批判すれば何でもかんでも正しいというわけでもありません。
それでは、実際の記者会見ではNG扱いなどなかったのに、何故、テレビ局を中心とする報道機関がNGリスト問題で旧ジャニーズ事務所を批判したのでしょうか。
特に、テレビ局や新聞社を含む報道機関側も、10月2日の会見に参加していたのだから、NGとされた記者の方の質疑に実際は相当程度の時間が費やされていたことを十分に認識していたはずです。また、この記者会見の途中で、登壇者の1人が不規則発言を自粛して司会進行に従うように要請したことに対し、記者会見会場の記者の圧倒的多数が賛同して拍手していました。なお、私も大いに賛成しました。
加えて、前述のとおり、NGリスト自体は性加害問題の本質から外れた問題であり、旧ジャニーズ事務所の記者会見では登壇者の発言内容に失言があったとされたわけでもありません。
それにもかかわらず、何故、NGリスト問題に対して、特にテレビ局を中心とする報道機関が激しい批判を始めたのかは、報道の在り方という観点から検討を要します。
この点、詳細を論じるのは後日を期すとして、NGリスト問題は、最初のテレビでの報道の仕方が、実際にはNG扱いがなかったこと(NGとされた記者の質問であっても、記者会見の現場では、実際には指名や応答が行われていたこと)はあまり取り上げず、故ジャニー喜多川氏ではない、「現在の」旧ジャニーズ事務所に対する批判を専ら目的として、覆面インタビューなどセンセーショナルな方法で報道を行ったことが影響したと、私は思います。
そして、テレビを中心とする報道機関側が、性加害問題への忖度や沈黙を批判されている背景の下、「現在の」旧ジャニーズ事務所を批判するネタを探す中で安心して批判できるネタがあったとして、あるいは、最初の報道を受けて自社も批判に回らざるを得ないと強いられて、NG扱いなど実際にはなく、本題とは関係ないことにはほとんど触れずに、一斉に報じたものだと、私は考えています。
4. 記者会見の「失敗」という中身の不明確
記者会見の「失敗」との点ですが、その「失敗」の中身は何なのでしょうか。
NGリスト問題で、実際にはNG扱いなどしていないのに、旧ジャニーズ事務所は批判されましたが、その批判の結果、旧ジャニーズ事務所に、具体的に、どのような支障が生じたのか、十分に検討している見解があるようには思われません。
また、NGリストに対する批判自体も、本見解の類いを除けば、NGリスト問題が2023年10月4日に報道されてから約1週間で、旧ジャニーズ事務所による2023年10月10日のプレスリリースで収束しています。
このNGリスト問題の批判があったことで「レピュテーション・ダメージがあった」、「信頼回復が遅れた」等と抽象的な言葉を並べることはできても、それでは、その結果、具体的に旧ジャニーズ事務所の取組にいかなる支障が生じたのか、NGリスト問題がなかったら一体何が変わっていたのか、本見解は、説明できておらず、「失敗」の具体的な中身を示すことができていないと思います。
「失敗」との批判があることそれ自体が失敗だというに止まるのであれば、前述のとおり、循環論法であってマッチポンプと変わらない、となります。
5. 最後に
NGリスト問題に関する批判の多く(この中には、企業関係者を主たる読者層と想定していると思われる大手新聞なども含みます)には、本稿で述べた指摘が当てはまります。事実と証拠(裏付け)に基づいて問題の本質を掘り下げる、という報道の本来の在り方からの検討が必要になるところです。
なお、視点は全く変わりますが、記者会見については、商業化の指摘など、朝日新聞2023年12月1日朝刊13頁「(耕論)記者会見に求めるもの」(林香里氏、石破茂氏、石戸諭氏(氏名は掲載順))の各コメントには、危機管理や危機管理広報という観点からも、示唆に富む、検討すべき内容が多いと考えられます。
本稿の締めくくりとして、企業の役職員など、記者会見に臨む者にとって大切になることについて、改めて強調しておきます。記者会見では、自分の責任は「真摯な謝罪と説明」であるということを常に思い返し、どれほど非難されようと、誠実に説明し続けることです。ぶれたり迎合などするべきではありません。
記者会見で厳しく批判されるのは当たり前です。そのためには、記者会見出席者は、記者会見の席上で、「正しいことをする」という信念を持ち続け、常に「正しいことは、(記者だけでなく)全てのステークホルダーに対する真摯な謝罪と説明である。非難や批判を正面から受け止めて、誠実にありのままの事実や認識を説明することが正しいことだ」という姿勢で臨むことが重要です。
記者会見の練習や頭の下げ方などにあまり意味はなく、大切なことは真摯な謝罪と説明であり、事実関係や原因、責任の所在等といった「中身(サブスタンス)」です。それを、下手でもよく、どんなに非難されてもよいから、誠実にステークホルダーに伝えていくことです※5。
※5 拙稿「危機管理及びコンプライアンスにおける本質は「正しいことをしよう」にあり」当事務所・危機管理ニューズレター(2024年4月30日号)3頁参照。
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