脆弱なはずのドルが長いあいだ盤石だった「5つ」の理由
ドルの盤石ではないファンダメンタルズについては、過去60年近く指摘されてきました。「準備通貨としてのドルの歴史」もさることながら、「ドルの脆弱性に関する書籍の歴史」でも長編が書けるくらい、たくさんの書籍が出されてきました。
昔からいわれてきたのは、「米国の経常収支の赤字→米国の対外純債務残高の増大」、「米国の財政収支の赤字→米国の公的債務残高の増大」などです。
しかし、ドルの価値は保たれてきました。その背景としては、たとえば、
1.米国の圧倒的な軍事力
2.原油・エネルギーのドル決済(『ペトロダラー・システム』)
3.中南米諸国の債務危機やアジア通貨危機の教訓として、おもにアジア諸国が、自国企業の輸出支援と外貨準備獲得のために、自国通貨の上昇を抑制するとともに米国債の保有を積み上げたこと(「global savings glut」)
4.産油国以外の貿易黒字の大国(対外債権国)が、自国通貨での貿易決済を選択しなかった(選択できなかった)こと
5.米国は対外純債務国でありながら、優良な債権の獲得を通じて、(第一次)所得収支がプラスであったこと(≒他国に自国の債務を握らせた上での、他国と他国内の資産・企業・権益に対する支配的な/優位な地位の獲得・維持)
などが挙げられるでしょう。
揺らぎつつある「米国の一国覇権」
しかし、いまこれらは揺らいでいます。
まず、米国では、政府の国債利払い費が国防費を上回っています。それは、今後の国防費抑制を通じて、米国一国覇権主義のバランス・オフ・パワーや地政学に変化をもたらす恐れがあります。
(たしかに、米国にとって、ロシア=ウクライナ戦争の長期化や、ノルドストリームの崩壊による米国産の液化天然ガスの対欧州・輸出拡大は、米国の貿易収支とドル覇権にとってはプラス材料ですが)サウジアラビアやロシアを始め、ドル以外の通貨でのエネルギー決済は少しずつ拡大しています。
(ロシア=ウクライナ戦争を受けた、ロシア保有の外貨決済口座の凍結も作用してか)世界最大級の対外債権国である中国は米国債の売却をつづけています。また、中国が保有を増やすゴールドは、人民元の裏付けとして機能すると考えられます。
世界最大の貿易国である中国は、人民元建て決済を拡大させています。中国は、多くの国に対して貿易黒字を有しており、すなわち、他国は中国が生産するモノを欲するため、貿易決済通貨の人民元への切り替えは比較的容易です。
一時はGDP比1%程度あった、米国の第一次所得収支の黒字も、米国債への利払い増大が作用して均衡に近づきつつあります。
米国の債務が拡大すれば、所得収支は赤字に転じるでしょう。「デジタル黒字」によって、米国のサービス収支はGDP比1%程度の黒字ですが、GDP比4%程度の貿易収支の赤字をカバーするのは困難とみられます。
唐鎌氏の前掲書に従うと、貿易収支が赤字で、第一次所得収支も赤字、そして、対外純資産も赤字である米国は、「国際収支の発展段階説」上の第1ステージである「未成熟な債務国」の範疇に入ります。