3―未来:新たな産業で再び過剰生産能力が問題になる可能性あり。経済安全保障の観点でも火種に
1|「新質生産力」発展のスローガンによる新産業支援が新たな過剰をもたらす恐れ
すこし気が早いが、将来的に第4の局面は訪れるだろうか。これは、地方政府の行動パターンが改まるかによる。習総書記は、2024年5月に開催された企業家等との座談会の場において「勢いだけで大雑把なまま、準備もなく盲目的に一斉に始めて、一斉に終わるのではだめで、各地の事情に応じ適切な策を打ち、各地がそれぞれの強みを有する必要がある」と述べ、地方政府がこれまでの行動パターンを改める必要性を強調しているものの、上述の地方政府幹部の評価体系や国政運営における経済成長実現の必要性など、根深い問題が背景にあることを踏まえると、そう簡単には改まらないだろう。
そのときに生産能力が急拡大する製品はなにか。その手がかりとなるのは、現在打ち出されている政策だ。今回問題視されているEVなどの製品は、過去を遡れば10年以上前から政府により振興策が打ち出されていた*6。その後、その是非はともかく、様々な支援を通じて技術開発やサプライチェーン構築などに長い時間をかけて布石を打ってきた結果、現在の競争力を獲得するに至っている。
今後重点が置かれるであろう政策のキーワードは、23年の中央経済工作会議で提起された「新質生産力」だ。その中身はまだ体系立てて示されてはいないものの、習氏の発言によれば、「(新質生産力は)イノベーションが主導的役割を果たすもので、従来的な経済成長の方式や生産力発展の経路から脱却し、高い技術・効果・クオリティという特徴を有する」*7とされている。産業構造の転換や生産性の向上などを進めるうえでのスローガンと捉えてよいだろう。
具体的な産業や技術等についてもまだ具体化されているわけではないが、24年3月に開催された全国人民代表大会における政府活動報告では、「戦略性新興産業」として、新エネルギー車や新興水素、新材料、革新的医薬品、バイオマニュファクチャリング、商業宇宙飛行、低空経済、また、「未来産業」として、量子や生命科学といった産業や技術が挙げられている(図表5)。これらの多くは、21年に発表された第14次五カ年計画で既に列挙されていたが、「新質生産力」発展のスローガンを契機に、産業支援の機運が高まる可能性が高い。政府系ファンドによる投資や補助金支給などを通じ、技術開発の強化やサプライチェーンの構築、市場の創出など様々な策が講じられるだろう。また、24年の各地方政府における政府活動報告では、上述のような産業の育成を強化する考えが示されており(図表6)、地方間での競争が激しくなることも予想される。その過程では、非効率な生産能力の拡張など様々な歪が生じるかもしれないが、着実に生産力が向上する可能性がある。
最近では、低空域での飛行を活用した経済活動である「低空経済」に関する政策が、地方政府レベルで相次いで打ち出されている印象だ。無人ドローンの活用は既に進みつつあるなか、現在は「空飛ぶクルマ」とされるeVTOL(電動垂直離着陸機)の実用化に向けた動きが盛んになりつつある。24年4月には、億航智能(イーハン)が政府から量産許可を取得し、年内にも観光利用のモデル事業を始める見通しであるという*8。今後、「空飛ぶクルマ」が、現在のEVと同様に中国国内で普及するとともに世界市場にも輸出されるようになれば、それが生産過剰であるとして国際社会からの批判を受け、再び貿易摩擦の火種となってもおかしくはない。
*6:具体的な政策の推移は、真家(2022)参照。
*7:「习近平 发展新质生产力是推动高质量发展的内在要求和重要着力点」(『求是网』2024年5月31日、http://www.qstheory.cn/dukan/qs/2024-05/31/c_1130154174.htm)
*8:「中国イーハン、『空飛ぶクルマ』の量産許可を取得」(『日本経済新聞』2024年4月8日)。
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