労働分配率等*2も労働生産性以外に実質賃金に影響を及ぼす。
短期的に見れば、この要因は景気に対する賃金変動の抑制要因として働く。例えば、労働生産性は、単位労働あたりの生産量であり、このうち生産量(実質GDP)は景気変動の影響を受けやすい。一方、企業が景気変動に応じて労働投入量(例えば雇用)を柔軟に調整しない場合、労働生産性も景気変動の影響を受けやすくなる。この場合、労働投入が粘着的なぶん、企業収益が変動しやすくなる。例えば、金融危機時(00年代終盤)やコロナ禍時(20年)の動きが典型的で、景気が悪化したが、雇用が維持されたために労働生産性が急落した(図表4)。一方、労働分配率等の要因は上昇した(図表7)。つまり、不況による実質賃金の低下を、労働分配率の上昇で相殺している。特に、日本やユーロ圏など、景気が変動しても、雇用の調整があまりされないほど(特にコロナ禍時は、雇用維持を支援するための財政措置が大規模に講じられたことあり)その影響は大きかった。
日本や米国、スペインではこの労働分配率等の要因が、長期で見た時にも低下しているという特徴がある(図表7)。そのため、これらの国では労働分配率が長期的にも実質賃金の抑制要因となっている。労働分配率に下押し圧力が働く要因としては、一般的には資本財価格が低下することで労働を節約し設備投資を増加させるインセンティブの増加、労働集約的な産業規模の縮小・アウトソース、労働組合組織率の低下などの労働市場・制度変化、「勝者総取り」的なスーパースター企業比率の上昇(市場の寡占化)といった影響が指摘される*3。
日本の場合、バブル崩壊以降の景気回復局面において、(非正規雇用も含めて)雇用者数を維持・増加しながらも企業は雇用者への分配については、全体的に抑制してきたと言える。スペインでは12年に労働市場改革法が施行され、解雇手当の引下げといった解雇規制の緩和が進んだことが影響した可能性がある。
*2:労働分配率等の「等」には名目雇用者報酬の対名目GDP比率である労働分配率の他に、就業者に占める雇用者の割合(雇用者数/就業者数)の逆数が反映されている。賃金が支給されるのは雇用者であり、自営業者など非雇用者の割合が(労働分配率が一定もとで)減少すれば、全体のGDPや雇用者報酬が不変である一方で雇用者が増えている(給与所得者が増えている)ことになるので、(雇用者1人あたりの)賃金が減ることになる。例えば、日本では雇用者の割合が増加しているが、労働分配率(賃金による分配)が概ね横ばいにとどまっているため、労働分配率等による寄与は全体でマイナスとなっている。
*3:例えば、「第3章 「Society 5.0」に向けた行動変化 第3節 イノベーションの進展による労働分配率と生産性への影響」『平成30年度 年次経済財政報告』参照
時間あたり実質賃金上昇率
ここまで、1人あたりの賃金や生産性を見てきたが、労働時間を加味した時間あたりの実質賃金を確認すると(図表3)、時間あたり実質賃金は、1人あたりの実質賃金と比較して全体的にやや押し上げられていることが分かる。これは、今回の分析対象国に共通して労働時間の減少が見られるためである(図表8)。
なかでも日本の労働時間の低下幅は大きく、それだけ1人あたり実質賃金は時間あたり賃金と比較して抑制されている。日本では、同じ年齢層でみた1人あたりの労働時間が全体的に減っているほか、少子高齢化によって相対的に労働時間の長い男性中核層(25-64才)の労働者が減少し、労働時間の短い高齢の労働者が増えていることが就業者の合計労働時間(延労働時間)を押し下げる要因となっている*4。一方、女性や高齢者の労働参加率が上昇し、これが就業者数を増やす要因になっているので就業者全体の合計労働時間も押し上げられるが、全体で見た延労働時間は押し下げ圧力の方が強く、減少傾向にある(図表9)。
*4:ここでは簡易的に各要因に寄与度分解している。具体的には延労働時間を性別(男性、女性)、年齢層別(15-24才の若年層、25-64才の中核層、65才以上の高齢層)の(就業者数×平均労働時間)の和に分解することで、延労働時間の変化率を性別、年齢層別の(就業者数の変化率×平均労働時間+就業者数×平均労働時間の変化率)の和として近似し、「(就業者数×平均労働時間の変化率)の和」を時短要因、「男性若年層・男性中核層・女性若年層の(就業者数変化率×平均労働時間)の和」を少子・高齢化要因、「男性高齢層・女性中核層・女性高齢層の(就業者数変化率×平均労働時間)の和」を女性・高齢者労働参加要因と見なした。
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