経世済民という「優しい経済」
「そうやったんか……きっと素敵なお母さんやったんやな」
柔らかい眼差しとともに、ふたたびボスが優しく声をかけた。
その言葉が後押しになったのか、何かスイッチでも入ったかのように、七海はしんみりと語り始めた。
「私にとって、母が唯一の頼りでした。その母が亡くなって、膝が崩れるというか、足元が地面ごと崩れちゃったんですよね。もう一度立ち上がろうと思ったら、今度は、確実なもの、消えないものを支えにしたいって思って。それがお金だったり、自分が仕事に打ち込むことだったり。だけど、それだけでいいのかなとも思ったりして……」
ボスは何度も「そうか、そうか」と優しくうなずきながら、聞いていた。
優斗はそのやりとりを黙って見守るしかなかった。七海の抱える心の痛みをどこまで理解できたかはわからないが、彼女の言葉は心に染み込んできた。
「ごめんなさい。とりとめのない話をしちゃいましたね」
七海は両手を顔にあてて、そのまま髪をかきあげると、息をゆっくりと吐いた。
ふたたびフォークを手にして、
「このケーキ、おいしいですよね」
と笑ってみせた。そして、残りのシフォンケーキを素早く口に運んで、また隙のない顔へと戻っていった。
ボスが後ろの棚から厚紙を1枚取り出す。
そして、万年筆で「経世済民」と大きく書いた。
「これで、けいせいさいみん、と読む。世をおさめて民をすくう、という意味や。経済は経世済民の略語や。本来、経済はみんなが協力して働いてみんなが幸せになることなんや。その腕時計にしても、多くの人が働いて作ってくれたおかげで、七海さんのお母さんが幸せになった。その幸せを今度は七海さんが受け継いでいるわけや」
腕時計を見つめていた七海が顔をあげる。
「そう言われると、経済は優しくあってほしいと思います。ですけど、実際の経済はGDPを増やすことばかり考えていて、そんなに優しくない気がするんですよね」
ボスの「ふむ」というあいづちを待ってから、七海は話を続けた。
「この腕時計は、私にとってはもちろん大切なもので、ずっと使い続けたいと思っています。でも、それだとGDPは増えないです。経済のためには、この時計が壊れて、早く新しい時計を買い替えたほうがいいわけですよね。人の感情を無視しているようで、なんだか冷たい世界に思えてしまいます……」
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