あらすじ
キレイごとが嫌いな中学2年生の佐久間優斗は「年収の高い仕事」に就きたいと考えていた。しかし、下校中に偶然出会った銀行員の久能七海とともに「錬金術師」が住むと噂の大きな屋敷に入ると、そこで不思議な老人「ボス」と対面する。
ボスは大富豪だが、「お金自体には価値がない」「お金で解決できる問題はない」「みんなでお金を貯めても意味がない」と語り、彼の話を聞いて「お金の正体」を理解できた人には、屋敷そのものを譲渡するという。図らずも優斗と七海はその候補者となり、ボスが語る「お金の話」を聞くことに……。
登場人物
優斗……中学2年生の男子。トンカツ店の次男。キレイごとを言う大人が嫌い。働くのは結局のところ「お金のため」だと思っている。ボスの「お金の話」を聞くために、七海とともに屋敷へと通う。
七海……アメリカの投資銀行の東京支店で働く優秀な女性。当初の目的は投資で儲ける方法をボスから学ぶことだったが、現在はボスの「お金の話」を聞くために屋敷へと通う。
ボス……「錬金術師が住んでいる」と噂の大きな屋敷に住む初老の男性。関西弁で話す。1億円分の札束を「しょせんは10キロの紙切れ」と言い放つなど、お金に対する独自の理論を持つ大富豪。
奨学金という名の「借金」
「急だけど、今週末の日曜日になったから、予定空けておいてね」
久しぶりに七海からメッセージが届いたとき、3月も中旬になっていた。中2最後の学年末テストが終わり、春休みを待つだけの暖かい日の夜のことだった。
メッセージには、2つのことも書き添えられていた。1つは、ボスの講義が、彼の研究所ではなく、週末に入院する病院で行われること。もう1つは、入院といっても検査入院なので心配いらないということ。
「了解です!」と優斗は返信した。
スマホから顔をあげると、部屋の隅に積み上げられた段ボールがまた1つ増えていた。
第一志望の大学に無事合格した兄は、さっきから引っ越しの準備をしている。来週から東京で新生活を始める予定だ。
その様子を見つめる優斗の心には、いろんな感情が湧き上がってきた。1人で部屋を使えるのはうれしい反面、いっしょに暮らす時間もあとわずかだと思うとさびしい気もする。
「ねえ。1人暮らしを始めるって、どんな感じ?」
「そりゃ、楽しみだけどさ。すぐにバイト探さねえとな」
「いいじゃん。バイトだって、楽しそうじゃん」
うらやましがる優斗に、兄は荷造りの手を止めて、あきれた顔を向ける。
「お前さあ、そんな気楽じゃねえよ。大学卒業したら奨学金も返さなきゃいけないし」
「奨学金って借金なの?」
「そうだよ。俺がもらうのは、将来、返さなきゃいけないやつだからな」
「それって、いくらなの?」
「300万円」
「マジかあ……」
その金額に驚いて、優斗は天井を見上げた。
「お前も中途半端な気持ちで大学行くなよ。親にも負担かけるし。お前と俺、4つしか離れてないから、結構、気を遣っているんだぜ」
いつもの意味のない冗談だと思って、優斗はつっこみを入れる。
「歳の差なんて関係ないじゃん」
「全然わかってねーな」
兄は笑いながら、首を振った。
「俺が一度でも、浪人でも留年でもしてみろよ。お前が大学に入ったとき、俺もまだ大学生だろ。同時に2人の大学生を抱えるなんて大変だぜ。まあ、お前が大学に行けば、っていう話だけどな」
そう言うと、兄はふたたび荷造りに取りかかった。
優斗は、自分の選択に責任が伴うことが痛いほどわかった。そして、さびしいとか、うらやましいとか、子どもじみた感情しか抱かなかったことを恥ずかしく思ったのだった。
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