紙幣で穴埋めできない生産力
ボスは靴を脱いで、イスの上であぐらをかいていた。
「ここに100人が暮らしている国があるとしよか。みんな、朝晩合わせてパンを毎日2個ずつ食べていたんや。あるとき、パンの価格が高騰して、国民全員が不満を訴えた。『値上がりのせいで、パンが1個しか買われへん。解決してくれ』とな。そこで政府は、パンが買えるように、お金を印刷して配ったんや。せやけど解決しなかった。それはどうしてやろか」
優斗は面食らった。「問題はそれだけ?」と言いそうになる。お金が足りないなら、配れば当然解決するはずだ。考えようにも何の手がかりもない。
静かになった部屋で、優斗は考えあぐねていた。やがて、こめかみに指をあてていた七海が、ぽつりと疑問を口にした。
「どうして、パンが高騰したのでしょうか。職業病なのか、価格が動いた理由が気になってしまいますね」
「なかなか鋭い指摘やな。1つヒントを出すと、パンの数に注目することや」
ボスに言われて、優斗もさっそく考えてみる。1人2個食べていたのが1個になる。みんなで200個買えていたのが100個に減る。しかし、それ以上は何をどう考えればいいのかわからない。
そのとき、「あっ」という高い声とともに、七海が茶色い髪をかきあげた。
「災害が起きて、パンの生産が減ったんですね」
優斗はイスからずり落ちそうになった。まさか彼女が冗談を言うとは思わなかったのだ。
「勝手に災害を起こさないでくださいよ」とつっこもうとしたとき、ボスがパチパチパチと大きく手をたたいた。
「すばらしい。大正解や」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。災害なんて言ってなかったですよ」
不思議がる優斗に、七海が順を追って説明してくれた。
「もともと生産されていたパンは200個だったのよね。ところが、価格が高騰したあとでは、実際に売られたのは100個だけ。あまっているパンがあれば、売るべきよね。だけど、それがないということは……」
七海は一瞬言葉を止め、優斗の目を見つめる。
「災害か何かの事情で、パンの生産量が100個に減っていたんじゃない? だから、お金を配っても、国民にパンが2個ずつ行き渡らない。お金を配れば配るほど、パンを求めてみんながお金を払おうとするから、価格だけは上がるんだけど、問題は解決しないのよ」
「うわっ。そっか……」
優斗は悔しさのあまり頭を抱えた。名探偵に先を越される刑事の気持ちがわかった気がした。
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