「ハイパーインフレ」の本質
「それは、なかなかの見立てやな。お金を払う側と受け取る側の関係は、まさに監督と選手みたいなもんや。監督が息巻いても、実行するのは選手。お金がどれだけあってもあかん。それを知らずにお金の力を過信すると、国さえも破滅させかねへん」
そう言うと、ティーカップを置いて、ポケットから何かを取り出した。
「今日は、これを見てほしいんや」
ボスがテーブルの上に置いたのは、1枚の紙幣だった。ところが、普通の紙幣とは様子が違う。
「これって、大金じゃないですか⁉」
目を丸くして、優斗はすぐに桁を数える。
「一、十、百、千、万……百兆!? これ、百兆ドル札?」
「正確には百兆ジンバブエドルや」
今度は、2人の様子を遠巻きに眺めていた七海が反応する。
「ジンバブエは、2003年以降しばらくハイパーインフレが続きましたよね」
「さすがに、よう知っとるな。物価が急激に高騰して、紙幣が価値を失って紙くず同然になったんや。この紙幣は一円の価値もあらへん。こういったハイパーインフレは歴史的に何度も起きている。いちばん有名なのは、第一次大戦後のドイツやな」
「僕、そのときの写真、本で見ましたよ」
知っている話が出てきて、優斗はうれしくなった。この前訪れた図書館で読んだ本にも、ドイツのハイパーインフレの話が書かれていた。
「買い物に行くのに、手押し車に大量のお金を積んで運んでいたんですよね。だけど欲しいものはほとんど買えなくて、苦しい生活だったって」
優斗の話にうなずきながら、ボスはその紙幣を手に取り、宣言でもするかのように声を張り上げた。
「この紙幣こそが、お金こそが力やと信じ込んだ人間の愚かさの象徴や」
ボルテージが上がるボスに対して、七海は落ち着いた声でたずねる。
「一般的には、ハイパーインフレは、紙幣の大量発行が原因と言われていますが、そうではないとおっしゃるんですね」
「本質はそこやない。お金への過信がこんなバカげた紙幣を生み出したんや。そこで、考えてほしい問題がある。今回のは難問やで」
難問という単語に反応した優斗は、ボスの言葉を待ち構えた。
