起業した長男…父親の援助もむなしく、あえなく「倒産」
今回の相談者は、70代の井上さんです。今後の息子たちへの相続に不安があると、筆者の事務所を訪れました。
「夫は7年前に亡くなりました。定年退職後も再就職して真面目に働いていましたが、無理がたたったのか、仕事先で倒れ、搬送先の病院でそのまま息を引き取ったのです」
井上さんひとりなら、このまま夫が残したマンションに住み、自分の預貯金と遺族年金で慎ましく暮らしていくことができます。しかし、50歳を過ぎている長男に問題がありました。
「夫が健在のとき、長男が突然〈独立する〉といって会社を退職したのです。最初は経営も順調だったようですが、数年で行き詰まってしまいました」
その後長男は、しばしば井上さんの夫のもとを訪れては、借金を申し込むようになりました。
井上さんの夫は口では叱りながらも「がんばれ!」と援助をつづけ、夫の貯金3000万円は、ほとんどなくなってしまいました。井上さんは夫にかなり抗議したそうですが、夫は「男が腹をくくってやるといったのだから、やらせてみよう」といって援助を止めなかったのです。
しかし、井上さんの不安は的中し、長男の会社は倒産してしまいました。
「長男から夫に、泣きながら電話があったそうです。夫ももらい泣きしていましたが、私は〈そんなの、当然じゃない〉としか思いませんでしたけれどね」
これまで貸したお金の返済のめども立たない状態ですが、井上さんが気にかけているのは自分の老後資金ではなく、二男のことでした。
「二男は堅実な性格で、親に迷惑をかけたこともありません。もしこのまま相続が発生すれば、遺産は長男と二男で半分ずつ分けることになります。しかしそれでは、まじめな二男がかわいそうすぎます」
井上さんは、残っている財産はすべて二男へ渡したいと考えているのです。
長男、言葉では「相続を放棄する」というが…
生前に多額の金銭援助を受けた長男は、井上さんに「相続放棄する」といっています。しかし、口約束だけでは不安です。
「夫の預貯金はすべて長男への援助で消えました。このままでは、二男がかわいそうすぎます。それに、長男が本当に〈いらない〉と思っていても、長男の妻が納得しないかもしれません」
井上さんは、長男の妻が井上さんのマンションを「広い」「駅に近くて便利」と羨ましがっていたことを覚えており、それが心に引っかかっています。
「いまから遺言書を準備して、安心したいのです」
長男の妻は自己主張が強く、井上さんとも二男夫婦とも、あまり折り合いはよくありません。また、二男は長男に直接「親の老後が厳しくなったのは、兄のせい」といってけんかになったこともあり、きょうだい間の関係も良好とはいいがたいものです。
口頭で「いらない」といっていても、あとから権利を主張する可能性は十分考えられ、そうなれば遺産分割協議で揉める可能性があります。もしそうなったら、井上さんが希望している「二男に全財産を相続させる」という希望も実現できなくなってしまいます。
筆者の提携先の弁護士からは「口約束だけは不安なので、遺言で分割を決めておくことが必要です」とのアドバイスのほか、遺言書を作成し、長男が生前に遺留分放棄の手続き(裁判所『遺留分放棄の許可』参照)をしておくことで、井上さんの意思をさらに確実に実現することができるとの提案もあり、井上さんはそれを検討することになりました。
井上さんは毅然とした様子で「遺言書を作成し、長男には手続きをするよう勧めます」というと、事務所をあとにされました。
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
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