唐突なメールの問い合わせから浮上した、過去の相続案件
先日、筆者のもとに見知らぬ名前の方からメールが入りました。
「私の伯母が借りているマンションオーナーの代理人弁護士から、家賃滞納の件で、私の父親のところに連絡がありました。事情を知っていたら教えてください」
筆者は頭をひねりましたが、メールの差出人の伯母だという方の名前を見て、かつてサポートをした案件を思い出しました。
10年以上前、筆者の事務所はある高齢男性の公正証書遺言作成をサポートしました。この男性は、長女(陽子さん)を介護離職させてしまったことを気に病み、長女に財産を多く残したいということで、相談を受けていたのでした。
男性には長女である陽子さんと二女の2人の子どもがいましたが、二女は体が弱く、男性より先に亡くなっています。当時、陽子さんは独身の元会社員でしたが、亡くなった二女は専業主婦で、娘を2人残していました。そのため、二女の娘2人が代襲相続人になります。
メールをくれたのは、男性の代襲相続人となる、亡き二女の娘のうちの1人でした。
長女への遺産配分が手厚かった理由
公正証書遺言を作成した5年後、男性は他界しました。相続手続きは、遺言執行者で長女の陽子さんが行いました。代襲相続人である、亡き二女の子は2人とも20代と若く、相続の経験はありません。
男性の財産は、自宅と預貯金でしたが、180坪の広い自宅不動産は6,000万円の評価で、預貯金は3,000万円ありました。
遺言書の内容は、自宅不動産は陽子さんが相続し、現金は陽子さんが1,000万円、代襲相続人である姪2人がそれぞれ1,000万円相続するという、偏りのある内容でした。ただし、陽子さんは独身で結婚の予定もなかったことから、陽子さんの財産はいずれ姪たちに相続させるということで、相続人一同合意し、相続手続きは終了しました。
家賃収入で生活できるように提案、サポートしたが…
陽子さんは父親所有だった広い実家に暮らすつもりはありませんでした。しかし、それでは財産として活用できないため、筆者は、売却して自分の家を持つか、もしくは収益物件を購入したほうがいいとお勧めしたところ、陽子さんは納得し、自宅を売却することにしました。
陽子さんの実家は駅近の好立地であったことから、不動産会社が建売住宅用地として8,000万円で購入することになり、こちらも無事売却が完了しました。
その後、陽子さんは、賃貸物件となる約3,000万円の区分マンションを2室購入。父親から相続した自宅不動産は、毎月合計25万円の家賃が入る収益物件へと姿を変えました。
一連の手続きを行った当時は、相続税法が大きく変わる直前で、相続税の基礎控除がいまより大きかった時期でした。不動産売却時の譲渡税がかかりましたが、それでも約2,000万円が陽子さんの手元に残りました。
仕事にも復帰し、家賃も入るようになり、それなりの預貯金も手元に残ったということで、陽子さんは生活不安がなくなりました。
当時、筆者がかかわっていたのはここまでです。
その後の状況は激変…マンションは売却済みに
筆者は、メールをくれた陽子さんの姪御さんと面会することになりました。
「祖父が亡くなってから約10年が経過しています。私も妹も結婚しまして、子育てなどに手いっぱいとなり、伯母とはほとんど連絡を取っていなかったのです…」
「ところが、先日メールをお送りしたように、伯母が借りているマンションオーナーの代理人弁護士から、家賃滞納の連絡が私の父のところに入ったのです。父は祖父の相続手続きのあと、伯母から依頼されて賃貸の連帯保証人になったそうですが、私たちはそれをまったく知りませんでした」
陽子さんの姪御さんは、自分の父親が陽子さんの賃貸の連帯保証人になっていることを知らず、いきなり9ヵ月もの家賃滞納の件で父親に家賃の支払いを求める請求書が届き、驚愕したというのです。
筆者は、姪御さんとの面会の前に、陽子さんの不動産がどうなっているのか調べたところ、すでに2室とも売却されていました。面会のときにその情報を伝えると、驚きを隠せない様子でした。
「私たちは祖父のために何もしていないし、陽子伯母さんが大変だったのだから、遺産の件は構わないのです。でも、あれだけの財産を相続しておきながら、家賃滞納でうちの父に迷惑がかかるって、いったいどういうことでしょう?」
「伯母はこれからどうやって生きてくのでしょうか。私たちは面倒を見るのはまっぴらです!」
姪御さんから話を聞いたところによると、陽子さんは以前よりある宗教の熱心な信者とのことで、自分の財産ができてから頻繁に寄付をしていたらしいとのこと。手元のお金がなくなってからは、区分マンションを売却し、寄付を続けていたようです。
あとから聞いたところ、マンションの管理会社からも、寄付のための売却は考え直した方がいいとアドバイスをしたそうですが、本人の意思が固く、止められなかったようです。
いずれは姪御さんに相続させるという約束があっても、不動産は陽子さんの単独名義です。そのため、売却は陽子さんひとりの判断でおこなえます。
このような展開は筆者も想定外で、頭を抱えてしまいました。
なかには、不動産を勝手に売却できなくする目的で、あえて共有名義にしているというご家族もいます。不動産を売却するときには、共有者全員の合意、印鑑証明書、実印の協力、意思確認が必要となり、ひとりの判断で売却することはできないからです。
一般的には、不動産の共有名義は相続等で問題が発生しやすいことからお勧めできないのですが、今回のような事情であれば、あえて不動産を共有し、財産を保全したほうがよかったといえます。
とはいえ、そのような判断をするのは簡単ではなく、また、そもそも父親の遺言書がもとになっていることから、このような結果となってしまったのはやむをえません。
おひとり様の切実な問題
陽子さんのように、配偶者や子どもがいないおひとり様の場合、本人が元気な間はいいのですが、年齢を重ねると、健康面や資産面で、さまざまな心配が生じてきます。
父親の相続の段階で、おひとり様の陽子さんの将来や財産について、親族間でよく考え、方向性を定めておく必要があったといえます。
また、おひとり様の場合、身近なところに頼れる身内がいないと、悪意ある第三者が入り込むリスクもあります。残念ながら今回の陽子さんのケースのように、過度な寄付等を迫り、本人の生活が破綻しても意にも介さないという、非情な人たちがいるのも事実なのです。
これからさらに「おひとり様」が増える日本では、だれもが教訓にすべき切実な事例だといえます。
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
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