(※写真はイメージです/PIXTA)

30代の独身会社員のもとに届いた、母死亡の知らせ。母ひとり子ひとりの家族でしたが、関係は険悪で、ずっと疎遠のままでした。しかし、母の資産状況が明らかになると、女性は大変なショックを受けてしまいます。そのつらすぎる理由とは…。相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、実際に寄せられた相談内容をもとに、生前対策について解説します。

母から逃れるべく、大学卒業後は遠方の就職先へ

今回の相談者は、30代の会社員の中村さんです。60歳を前に突然死した母親の相続について相談に乗ってほしいと、筆者の事務所を訪れました。

 

中村さんの母親は、中村さんが小学生のときに離婚しており、その後はシングルマザーとしてひとり娘の中村さんを育ててきたそうです。

 

「母は短大を卒業してすぐに父と結婚しました。専業主婦でしたが、私が小学校の高学年のときに離婚してしまい、その後は小さな会社の事務員として就職して、ずっとフルタイムで働いていました。父とも、両親の祖父母とも疎遠で、小学生以来会っていません」

 

「母は〈自分ルール〉を押し付けてくる人で、子どものころから大変な思いをしていました。友人や進学先はおろか、洋服や持ち物まですべて母親が決定していて、大学生の間はメイクも許しませんでした。そんな息苦しい生活から逃れたくて、大学を卒業後、とにかく遠方へ就職しました」

 

中村さんはその後、母親とはほとんど没交渉だったそうです。

 

「顔をあわせれば、傷つくことばかりいわれ、立ち直るのに何日もかかりました」

 

「奨学金の返済もあり、それこそ必死で働きました。いまは多少お給料も上がり、なんとか生活も落ち着きましたが…」

 

独身の中村さんはいまも、仕事一辺倒の毎日を過ごしているといいます。

金曜日の夜に突然届いた「母死亡」の知らせ

中村さんのもとに母親の訃報が届いたのは、金曜日の夜、自宅マンションでくつろいでいるときでした。携帯電話に知らない番号から着信があり、出てみると、母親の暮らすアパートの大家さんからでした。

 

「勤務先の方が出勤しない母を不審に思い、アパートを訪ねたのだそうです。隣に住む大家さんに頼んで鍵を開けてもらったら、母が玄関先に倒れていたそうで…」

 

母親が亡くなったアパートは、かつて中村さんが一緒に暮らしていた場所でした。

 

「発見が早かったのでそこまで大騒ぎにはならず、葬儀まではスムーズでした。ただ、私も仕事が忙しく、母の遺品整理や財産整理が手に負えなくなってきて…。助けていただきたいのです」

古い洋服の下から見つかった通帳に、気持ちが抑えられず…

筆者のところに依頼があったとき、中村さんはある程度まで自力で調べており、メインバンクからは残高証明も取得していました。また、母親が関西地方に祖父から相続した収益不動産を保有していることが判明するなど、驚くこともあったようです。

 

筆者の事務所の提携先の税理士・司法書士がさらに調査を進め、事態は粛々と前進すると思われました。

 

ところがそんな折、中村さんから急な連絡がありました。

 

「古い洋服を整理していたら、その下から手提げ金庫が出てきたのです」

 

金庫の中には中村さん名義の普通預金が2冊あり、合計で2,000万円もの残高がありました。いわゆる「名義預金」です。

 

記録を追うと、中村さんが中学生のころから定期的に入金があり、中村さんが18歳のときには、すでに500万円積みあがっていました。

 

「…なんなんでしょうね、一体。こんなお金があったのなら、私、アルバイトして、奨学金を背負って、大変な思いをしなくたってよかったじゃないですか」

 

「私、高校生のときからバイト代の大半を家に入れていたんですよ、母が大変だと思って。だから、遊びに行けなくても、学費のためにやりたかった勉強をあきらめることになっても、仕方ないと思っていました。好きな人もいましたが〈借金がある子とは結婚させられない〉と、相手の親に反対されて破談になったこともあります」

 

中村さんは通帳を握り締め、絞り出すようにつぶやきました。

 

「私の時間と若さを返してほしい」

説明のつかない「自分名義」のお金

通帳の合計金額は、中村さんの収入を考える限り、亡くなった母親の財産以外の説明ができません。また、関西にある収益不動産と母親名義の預貯金を合計すると、相続税の申告が必要になります。万一名義預金を申告せずにいて税務調査が入れば、当然ですが、修正申告することになり、その場合は過少申告課税が加算されてしまいます。

 

そもそも修正申告の大半が現金・預金の申告漏れであり、その中でも名義預金は目をつけられやすいといえます。

 

「私のことを思ってお金を積み立ててくれたのかもしれません。でも、こんなことなら、都度都度、必要なお金を出してほしかった。そうでなければ、せめてアルバイト代は全部自分で使わせてほしかった。そうすれば、私がこの年になってこんな思いをすることもなかったのに…」

 

打ち合わせの席で、中村さんは唇をかみました。

 

相続の場で、複雑な思いを経験される方は少なくありません。いまとなっては中村さんの母親の胸の内はわかりませんが、とはいえ、想定外の資産が承継されたことで、中村さんの将来はまた違ったものになるといえるでしょう。

 

相続税の申告手続きでもうしばらくご一緒することになりますが、中村さんの今後に幸せがあることを願ってやみません。

 

※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

 

 

曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士

 

◆相続対策専門士とは?◆

公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。

 

「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。

本記事は、株式会社夢相続のサイト掲載された事例を転載・再編集したものです。

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