正月の居間で突きつけられた「現実」
Tさん(60代・男性)がご相談にいらっしゃいました。90歳の父親はご健在ですが、相続に備えた節税対策を進めたいと考えている一方で、父親がまったく耳を貸してくれず、対応に悩んでいるとのことです。ここでは、Tさんから伺った内容をご紹介します。
「これを見てくれ。俺なりに準備はしてある」
今年の正月、実家で90歳になる父親が差し出してきたのは、数冊の預金通帳と生命保険証書、そして自筆の遺言書でした。
父親としては、「これだけ情報を開示したのだから、あとは心配ない」という自負があったのでしょう。しかし、それを受け取ったTさんの胸に浮かんだのは、安堵ではなく「深い危機感」でした。
そこに記されていたのは、1億円を超える現金。さらに、年金と家賃収入だけで生活が成り立っており、資産が減る気配はまったくないという現実でした。
「お父さん、このままでは相当な相続税がかかるよ。孫たちへの生前贈与も含めて、少し考えてみないか?」
Tさんはそう伝えましたが、数日後に返ってきたのは、「いいんだ、自分でやっているから。人の金(親の財産)に口を出すな」という、強い拒絶の言葉でした。
実は、Tさんの父親のように、子どもとの意思疎通が難しい高齢の親を持つケースは少なくありません。子ども世代は、親の財産をあてにしているのではなく、合法的に節税し、円滑に次世代へ引き継ぎたい、きょうだい間のトラブルを避けたいと考えていることがほとんどです。
しかし、その思いがうまく伝わらず、「口出しするな」と受け止められてしまうことも多いのが実情です。本来は、親の老後を支えるためのコミュニケーションでもあるのですが、それが理解されにくい側面があります。
最終的にTさんは、父親を説得することは難しいと判断し、自身の対策に目を向けることにしました。「父親を反面教師にして、自分の代ではしっかり準備を進めていきたい」と話しています。
90歳の壁――なぜ親は「節税提案」を拒むのか?
資産管理への「誇り」と「恐怖」
90歳という年齢。戦後を生き抜き、自力で資産を築いてきた世代にとって、財産は単なる数字ではなく、「人生の成績表」のような意味を持ちます。
そのため、「税金がもったいないから」という理由で他人にコントロールされることは、自尊心を大きく傷つける行為として受け止められてしまうことがあります。
また、認知機能に問題がなくても、高齢になるほど「変化への抵抗」は強まります。新しい制度(新NISAや教育資金贈与など)を理解し、実行に移すには、想像以上のエネルギーが必要です。
「時間」という残酷な制約
さらに、相続対策には「時間」が不可欠です。
・生前贈与の持ち戻し期間は、3年から7年へ延長(令和5年度税制改正)
・教育資金贈与は、期限や手続きが複雑
こうした制度は、早い段階から計画的に活用してこそ効果を発揮します。90歳という年齢からでは、たとえフル活用したとしても、1億円規模の資産を大きく圧縮するには限界があります。
結論
親の意思が変わらない以上、「親の代での大幅な圧縮はあえて狙わない」と受け入れることも、現実的な戦略の一つです。発生する相続税は、受け取った財産の中から支払うものと割り切る。
そのうえで視点を切り替え、これから重点を置くべきは「次の代(自分)」の対策です。ここからどれだけ準備できるかが、将来の負担を大きく左右します。
