役割を終えた二世帯住宅の「困難な問題」
今回の相談者は、横浜市在住の60代の伊藤さん夫婦です。二世帯住宅で、亡き母とともに1階部分に暮らしていた兄と、家の売却をめぐってトラブルになっているため、アドバイスがほしいとのご相談でした。
伊藤さんは、結婚当初から自分の実家で両親と同居してきました。伊藤さんには独身の兄がひとりいますが、父親と折り合いが悪く、成人後はほとんど家に寄り付かなくなりました。兄は長年飲食業界で働いていましたが、コロナ禍以降は仕事が激減し、いまはほとんど働いていない様子です。
「私の父親は20年前に亡くなりました。同居していた私が実家の土地と建物を、母と兄が預貯金を相続しました。父が亡くなって2年後、古くなった自宅に問題が生じたので、思い切って二世帯住宅へと建て替えました」
二世帯住宅は完全分離型の構造で、2階部分に伊藤さん家族、1階部分に母親が暮らす計画でした。しかし、折り合いの悪かった父がいなくなったことから、独身の兄が母親のもとに戻ることになったのです。
「二世帯住宅は、私の家族世帯と、母・兄の世帯、それぞれが3分の2、3分の1の割合で費用を出し合うことになりました。建物の名義は私が3分の2、兄が3分の1の割合の共有です」
「老後はうちの子を頼るつもりだと、兄が…」
「去年、母親が亡くなり、1階は兄がひとりで暮らしています」
伊藤さんは表情を曇らせ、言葉を続けます。
「私たち夫婦には2人の子どもがいますが、すでに独立しています。一昨年、長男が横浜市に家を買い〈とてもいい場所だから、老後はこちらで過ごしてはどうか〉と声をかけてくれて、それなら長男のそばの高齢者住宅へ入居しようと、夫婦で話し合ってきたのです」
伊藤さん夫婦はもともと、子どもが巣立ったあとは住み替えを希望していました。母が亡くなったのは、いいタイミングだと考えていたのです。
「母の遺産は相続税の申告が必要な額ではありませんが、それでも3,000万円以上あります。兄が相続予定の家の持ち分はうちが現金で買い取ったうえ、母の遺産は全額兄に相続させ、それぞれ新しい住まいに移ろうと提案したのですが…」
兄からは、ゾッとする言葉が飛び出しました。
「自宅売却や遺産分割の話を持ち掛けても、兄はニヤニヤ笑うばかりでまったく真剣に取り合わないのです。そのうえ、〈そうだ、老後はお前の子どもたちに見てもらおう〉と…。実の親が子どもに負担をかけないよう必死になっているのに、まさか伯父の老後を見させるわけにはいきません」
お金を支払う提案をしても、兄は同意せず
伊藤さん夫婦の誤算は、兄を溺愛し、身の回りの世話を焼いていた母親がいなくなれば、兄も高齢者施設へ行きたがると思っていたことでした。
「最初は〈兄の持ち分を現金一括で買い取るし、母の遺産も全額兄が相続していいから、引っ越してくれないか。なんなら、引っ越し代も出す〉と提案したのです。しかし兄は〈死ぬまでここで暮らす〉と繰り返すだけで…」
伊藤さん夫婦がたいして年の違わない兄の老後を見るのは、現実的な話ではありません。なにより、子どもたちに負担をかけるリスクは回避しなければなりません。伊藤さんの妻は、冗談だとしても、兄が子どもたちを頼るつもりだと聞いてから、顔も見たくない、声も聞きたくないというほど、強い嫌悪感をあらわにしています。
関係が極度に悪化してしまった現状から、これから何年も同じ屋根の下で暮らすのは無理があるといえるでしょう。
問題を解決する「2つの方法」
伊藤さんの兄は、お金を多く払うという提案にも納得しませんでした。そのことから、筆者と提携先の弁護士は、説得は相当難しくなる可能性が高いとお話ししました。
いくら完全分離型の二世帯住宅でも、上下に暮していれば顔も合わせますし、これからも建物のメンテナンス等で協力が必要です。これではストレスは避けられないでしょう。しかも、時間がたてばさらに状況のさらなる複雑化・悪化は避けられず、問題解決は困難になります。
そのため、伊藤さん夫婦が行動する方が現実的だといえます。方法は、下記の2つが考えられます。
①土地と自分の建物の持ち分を貸し、住み替える
二世帯住宅から伊藤さん夫婦だけ引っ越し、自分の家を賃貸に出し、収益を老人ホームの支払いに充てる。
②土地と自分の建物の持ち分を売却する
土地と自宅の持ち分を売却する。伊藤さんから土地と自宅の持ち分を購入した人は、自分が住むか、もしくは賃貸に出し、兄からは地代をもらうことになる。
相続がらみの問題を生じやすい二世帯住宅、先々をよく考えて
伊藤さんは提案に納得した様子で「できるだけ早く行動したいと思います」と答えると、事務所をあとにされました。
二世帯住宅はメリットもありますが、親族の構成によっては相続関係が複雑になるリスクもあるため、それを見越して十分に検討を重ねる、先々まで抜かりなく手を打っておくことが重要です。
これからは少子高齢化が進展することで「高齢となった独身のきょうだい」の問題も増えてくると思われます。早い段階で親族間による話し合いを持ち、見通しを立てておくことが望まれます。
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。