「父亡き後の実家」…名義は〈母〉にしていいのか?
被相続人(亡くなった人)が不動産を所有していた場合、その不動産の名義を変更しなくてはいけません。この名義変更の手続きを「相続登記」と言います。2024年4月1日から義務化され、期間内に登記しなかった場合はペナルティの対象となります。
義務化が迫るなか、相続登記に関する相談が増えてきています。今回は一般的なご家庭の相続でよくある相談事例を基に、司法書士の立場から相続登記の名義について解説したいと思います。
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【事例】
●父が死亡
●相続人は母と子が2名
●実家の不動産(父名義)には母が居住しているので母名義に相続登記してほしい
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父が死亡して、相続人は母と子2名で合計3名。実家には母が住んでいるので、父亡き後の実家の名義は母にしてほしい…というよくある相談です。母が住み続けるので居住している母名義にするのは自然なことで、これも間違いではありません。
ですが、「相続」は今のことだけを考えるのではなく、将来のことも考えなければなりません。
相続登記で母名義にするメリットとデメリット
相談を受けて、要望のとおり実家を母名義にすることは専門家として難しいことではありません。しかし、本当にそれが最適解なのかは母名義にするメリットとデメリットを含めて検討する必要があります。
以下、相続登記で母名義にするメリットとデメリットの例を挙げます。
<メリット>
【①母の居住権の確保】
母の居住権の確保という問題があります。仮に子の名義にした場合、親子喧嘩などで関係性が破綻した場合に、最悪、子が母に実家不動産から退去を迫るというケースも考えられます。他にも子が借金をして実家が差し押さえられるなど、母のコントロールできない範囲で居住権が脅かされる可能性があります。最初から母名義であれば母が所有権を取得するわけですから、母の居住権は確保されます。
【②子の納得感】
父の遺産が実家の不動産だけの場合、不動産を切って分けることはできません(広い土地であれば分筆などは可能ですが、通常の一戸建てやマンションだと不可能です)ので、2名の子が平等に相続するには売却するか共有名義にするしか方法がありません。
母が住んでいるので売却するわけにはいきませんし、兄弟姉妹といえど不動産を共有名義にすることは、様々なリスクを考慮すると専門家としておすすめできません。
こういったケースで母の名義にするのであれば、将来的に母が亡くなった際に売却して平等に相続することができますし、父死亡時の段階で母が相続するのであれば子の立場としても納得感を得やすいのではないでしょうか。
【③相続税上の必要性】
被相続人が相続税が発生する規模の資産を持っていたら、実家の不動産については同居の親族が相続した場合に小規模宅地等の特例によって相続税の課税価格を大きく圧縮できる可能性があります。相続税の負担を減らすためにも、父と同居していた母の名義にした方がいいケースもあるでしょう。
<デメリット>
【①認知症発症のリスク】
現在、65歳以上の5.4人に1人が認知症患者と言われています。約2割の確率で認知症が発症するということなので大変な問題だと思いますが、認知症になって判断能力が著しく低下してしまった場合、財産管理における最大の困りごとは「資産凍結」です。
例えば、実家を母名義にしたところ母が認知症を発症したので、介護施設等へ入居させることになったとします。入居費用を捻出するために実家の不動産を売却しようと思っても、母の判断能力がなくなってしまうと契約内容を理解できず、売却することができなくなります。
こういった場合に、現行法上は成年後見制度を利用せざるを得なくなります。
成年後見制度では、親族等の申立によって成年後見人を裁判所に選任してもらい、選任された成年後見人が原則として本人(母)が死亡するまで財産管理等を行うことになります。
親族が成年後見人になりたいと希望したとしてもなれるとは限りませんので、不動産売却だけを目的とする場合は非常に「重い」手続きになってしまいます。
【②母死亡後の相続登記】
母名義にしていた場合、病気や事故がなければ通常は子より母の方が先に亡くなることが多いので、母死亡後は新たに子の名義へ相続登記をしなければなりません。父→母(1回目)→子(2回目)と合計2回の相続登記になるので、1回目の時点で子の名義にした場合に比べてコストがかかることになります。
母名義にするか、子名義にするか。専門家のチェックポイントは
ご相談いただいた場合、ご家族の状況をお聞きして、相続のプロとして方法の検討や提案を行います。
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●母の年齢、状態、想い
父から母名義に相続登記をした場合、母が高齢であれば実家以外にも母の財産管理や身の回りのこともあるので、認知症対策として家族信託や任意後見契約をしておくことをおすすめします。
家族信託や任意後見契約で認知症対策をしっかりしておけば、施設入居のために不動産売却をする場合でも、子が母に代わってスムーズに売却活動を行うことができます。
認知症対策だけではなく、相続対策として遺言書作成も検討してもいいでしょう。
ちなみに家族信託であれば、母の死亡に伴う信託終了後の財産の帰属者を定めておけば遺言の機能も持たせることができますので、認知症対策+相続対策をすることが可能です。
他にも、そもそも不動産を持たない・残さない方法として、リースバックなども検討できるでしょう。ただし、一般的にリースバックの買取価格は低い場合が多いので注意が必要です。
●同居している子はいるか、または将来実家に住む予定はあるか
実家に同居している子がいれば小規模宅地の特例も使えますし、将来実家に住む予定の子がいる場合は最初から子の名義にしてもいいでしょう。
この場合は母の居住権の確保という問題が出てきますので、リスクヘッジのために配偶者居住権の設定をしてもいいかもしれません。
子のうち、母と同居している1人の名義にした場合、同居していない他の子への平等性の確保という問題が出てきます。「同居して身のまわりの面倒を見てくれたから一方の子に多めに財産を残してあげる」といった説明とともに遺言書を作成したり、不動産以外の財産(現金や保険など)で不満がでないように相続分を補填したり、相続争いを防ぐ手立てを講じておくことをおすすめします。
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相続登記は「単なる名義変更」ではない
一見、単純そうな相続登記でも正解は1つとは限りません。現在の状況や将来のことも考えて実行する手続きを検討する必要があるでしょう。
これらは絶対にやらなければならないものではありませんし、すべてのリスクを排除しようと「全部盛り」を選ぶと結構なコストがかかることになります。保険と同様、実情に合わせて要・不要を判断することが重要です。
各種対策を行う場合は専門的な知識が必要になるので、司法書士等の専門家に相談することをおすすめしますが、別の方法があるにも関わらず経験が少ないため提案できなかったり、フィーの高い手続きを推されたりする場合もあります。相談する専門家は吟味しましょう。
佐伯 知哉
司法書士法人さえき事務所 所長
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