公正証書遺言でもめるケース
多くの相続争いは、公正証書遺言があることで予防することができる可能性が高まります。しかし、公正証書遺言があってももめてしまうケースは、ゼロではありません。公正証書遺言があってももめる可能性のある主なケースは次のとおりです。
1.遺言の有効性に疑いがある場合
公正証書遺言は公証人が関与して作成されるため、一目見て無効である遺言が作成されるケースはほとんどありません。しかし、なかには有効性に疑問が持たれてしまうケースも存在します。
公正証書遺言の有効性に疑問が持たれてしまうと、遺言書を無効にしたいと考える相続人などから「遺言無効確認訴訟」が申し立てられるなどしてトラブルとなる可能性があるでしょう。遺言無効確認訴訟とは、その遺言が無効であることを裁判所に確認してもらう手続きです。
公正証書遺言の有効性に疑いが生じる主なケースとしては、次のものが挙げられます。
■遺言能力がなかった疑いがある
遺言能力がなければ有効に遺言をすることはできず、仮に遺言能力がない状態で作成された公正証書遺言は無効です(民法963条)。遺言能力とは、自分がした遺言の内容や遺言の効果を理解する能力です。
遺言書作成時において遺言者に遺言能力がなかったと疑われる場合には、他の相続人などから無効を主張される可能性があるでしょう。
■証人が欠格事由の該当者であった
公正証書遺言を作成するには、証人2名以上の立会いが必要です。証人には欠格事由が定められており、次の者は証人になることができません(同974条)。
1.未成年者
2.推定相続人(遺言者が亡くなったときに相続人になる予定の人)及び受遺者(遺言書で財産を渡す相手)並びにこれらの者の配偶者と直系血族
3.公証人の配偶者、四親等内の親族、書記及び使用人
証人も運転免許証などを提示するため、「1」についてはあらかじめ気付いて阻止されることとなるでしょう。また、「3」も公証人にとって明らかであることが多く、通常はこれらの者を誤って証人とすることはありません。
一方、「2」のケースは範囲も広く、公証人が必ずしも続柄を正式に把握できないこともあるでしょう。たとえば、次の者は原則として「2」の欠格事由に該当します。
・遺言者の父母、祖父母
・遺言者の配偶者、子、孫、ひ孫
・受遺者である友人の子や孫、父母
・推定相続人である兄弟の配偶者
遺言者に対して「証人は親族ではありませんか?」など口頭での確認などはなされるものの、遺言者の誤解などによって欠格事由の該当者を証人としてしまうケースはゼロではありません。欠格要件への該当者を証人としてしまった場合には、その公正証書遺言は無効となります。
■口授要件を欠いていた疑いがある
公正証書遺言の要件は、法律に定められています(同969条)。これによれば、公正証書遺言は次の手順で作成しなければなりません(口がきけない者や耳が聞こえない者には例外があります)。
1.証人2人以上が立ち会う
2.遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授する
3.公証人が遺言者の口述を筆記し、これを遺言者及び証人に読み聞かせるか閲覧させる
4.遺言者と証人が、筆記の正確なことを承認したあと、各自これに署名押印する(遺言者が署名できない場合には、公証人がその事由を付記して代わりに署名できる)
5.公証人が、その証書は前各号に掲げる方式に従って作ったものである旨を付記し、これに署名押印する
このうち、しばしば問題となるのが「2」の口授要件です。口授とは、言語をもって申述することを指します。
つまり、公正証書遺言を有効に作成するためには、遺言者が「私の自宅の土地建物は長男の一郎に相続させます。A銀行の預金は妻に相続させます」などと、遺言の趣旨を口頭で述べる必要があるということです。
しかし、実務上は遺言書の作成日に公証人が初めて遺言内容を知ることは稀であり、これに先立って行う打ち合わせなどによって公証人は遺言内容を知り、文案まで作成していることがほとんどでしょう。この打ち合わせも本人が直接行うのではなく、親族や弁護士などの専門家が代わりに行っているケースも少なくありません。
このような背景から、公正証書遺言の作成当日に公証人が先回りをして、「自宅の土地建物は長男の一郎さんにあげるということでよいですか?」「A銀行の預金は奥様に相続させるということでよいですか?」などと尋ね、遺言者が頷くのみというケースもありえます。
このような場合には「口授」があったとは判断しづらく、公正証書遺言の有効性に疑いが生じてトラブルとなる可能性もないとはいえないでしょう。
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