(※写真はイメージです/PIXTA)

個人経営の病院を長男に継がせたい場合、兄弟間の相続トラブルを防ぐためには、生前にどのような対策が必要なのでしょうか。実務に精通した弁護士陣による著書『依頼者の争族を防ぐための ケーススタディ遺言・相続の法律実務』(ぎょうせい)より、相続で揉めない遺言書の書き方とともに、個人経営の病院においての承継の注意点を解説します。

2.承継の対象となる財産等

「事業」と「個人財産」をそれぞれ承継する際の注意点

個人クリニックの承継の場合、院長の事業である医業と、院長個人の財産いずれの承継も問題となるため、両面から対策を講じる必要があります。

 

事業の承継では、主に、①事業用不動産、②医療機器、③事業資金、④医薬品等の棚卸資産、⑤診療報酬等の未収債権、⑥借入金等及び⑦従業員との雇用契約上の地位等を対象として準備することが必要であると考えられます。

 

個人財産の承継では、事業用以外の不動産(自宅等)、預金、動産類及び有価証券等その他の財産が考えられます。

 

これらの財産は、事業用のものとそれ以外のものに区分し、後継者に承継させなければならないものを特定する必要があります。事業に必要であるにもかかわらず、承継から漏れてしまったものがある場合、クリニック経営に支障を来してしまうおそれがあり、注意を要すると考えられます。

3.生前承継の検討

(1)事業用不動産・医療機器について

事業用不動産を生前に後継者に承継する場合、後継者への①贈与、②売却又は③賃貸(使用貸借)のいずれかの方法が考えられます。

 

事業承継後の経営プラン、所得税・住民税・贈与税・相続税等の各種税金の負担等も踏まえながら、手段の選択を図り、売買の場合には低廉譲渡にならないように売却額を検討したり、賃貸の場合には賃料金額をどのようにするか等を慎重に検討する必要があります。なお、土地については、「小規模宅地等の評価減の特例」を利用できる場合があり、相続発生までは賃貸にし、遺言書で相続させることも考えられます。

 

事業用不動産を承継者へ生前贈与する場合、土地は路線価ないし倍率方式、建物は固定資産税評価額を基準とした相続税評価額により、贈与を受けた者(後継者)が贈与税を支払わなくてはなりません。贈与税は累進税率が高く、不動産を贈与する場合、高税率が予想され、相続まで待った方が税負担上は有利なことがあります。なお、相続時精算課税制度を利用することも考えられます。

 

医療機器についても、基本的には事業用不動産と同様に、どのように承継するか検討することになります。なお、賃貸であれば、現在の院長と後継者が生計を一にするか否かで課税関係の取扱いが異なります。両名が、生計を別にしていれば、賃貸料を収受する現在の院長側では雑所得、賃貸料を支払う後継者側では必要経費を計上することになります。

 

ただし、税務については、税理士等の専門家の意見を踏まえながら進めることが必要です。

 

(2)棚卸資産・診療報酬債権等

いずれも現在の院長の個人財産であることから、売却又は贈与によって後継者への承継を検討することになります。棚卸資産については動産であることが通常であることから、後継者への引渡しで対抗要件は足りますが、債権については、債務者の承諾を得る通知をする等によって対抗要件を備える必要があります。

 

(3)借入金

金融機関等の債権者から同意を得て、債務引受の方法(併存的債務引受又は免責的債務引受)によって債務を承継することが考えられます。

 

(4)患者情報

患者の情報やカルテに記載された各情報は、個人情報(個人情報の保護に関する法律(以下「個人情報保護法」といいます。なお、本書発行日現在のもの。2条1項)に該当します。

 

また、クリニックでは、患者の情報をデータベース化していると考えられるため、同データベースは「個人情報データベース等」に該当し(個人情報保護法2条4項)、データベースを構成する個人情報が「個人データ」(同条6項)に該当します。個人データは、本人の同意なしに第三者提供することが禁止されますが(個人情報保護法23条1項)、後継者への承継は、同条5項2号の「合併その他の事由による事業の承継に伴って個人データが提供される場合」として第三者提供に該当しないと考えられるので、本人からの個別同意なく承継は可能であると考えられます。

 

もっとも、センシティブな情報を取り扱うため、患者への周知や説明等については行うべきであると考えられます。

 

(5)従業員の承継等

生前に事業承継を行う場合、従業員との雇用契約の承継も検討しなければなりません。クリニックで働く従業員は、現在の院長であるAと雇用契約を締結しているため、同雇用契約上の地位を後継者に承継しなければなりません。このとき、雇用契約を継続して契約上の地位を変更とするのか、一旦退職として退職金を支払い、新たに後継者との間で雇用契約を締結するといった対応が考えられます。

 

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※本連載は、東京弁護士会弁護士業務改革委員会 遺言相続法律支援プロジェクトチーム編集の、『依頼者の争族を防ぐための ケーススタディ遺言・相続の法律実務』(ぎょうせい)より一部を抜粋し、再編集したものです。

依頼者の争族を防ぐための ケーススタディ遺言・相続の法律実務

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