ニューヨーク国連本部で個展開催、「環境」考える機会に
2005年、国連本部で個展「『足尾』 風土円環 鈴木喜美子展」を開いた。個展に来場した国連勤務の女性からかけられた言葉が忘れられない。
「こういう環境問題は地味なテーマだけど、続けて描いていってほしい」
鈴木は足尾を描く中で、環境問題や公害を声高に叫んだことは一度もなかったが、これが「環境」を改めて考える機会になったと振り返る。
鈴木にとって、コロナ元年2020年は特別な年になった。足尾への旅は冬場から延び延びとなっていて、7月まで訪れる機会はなかった。大がかりな個展の開催も延期を余儀なくされた。
本来ならアトリエにこもって絵画制作に時間を費やしている時期である7月のある日、鈴木は本山と工場跡が見える定点のような場所に立って、山並みを一望した。すると、思いがけず鮮やかな緑色が目と心に飛び込んできた。見慣れたはずの足尾の風景が変わったように映った。
それ以上に、それを受け止める自分の心のありようが変容していることに気付いた。西日とはげ山だけが印象に残った40数年前の風景を重ね合わせ、人生と自然の生々流転を強く感じた一瞬だった。
「私も(豊かに再生した自然と同様に)元に戻れる。変わっていける」
埼玉県草加市に2006年開設した美術館「ミュゼ 環 鈴木喜美子美術館」がある。鈴木の私設美術館だ。300号を超える大作を含む約100点の一部が常設展示されている。展示作品は年3回のペースで入れ替える。環という言葉は、自然も人生もめぐり巡って往還するという意味が込められている。美術館に飾られる一枚の色紙がある。鈴木が足尾通いの中で知り合った作家立松和平(故人)が記したものだ。この「檄文」を載せて、本コラムを締めくくる。
【足尾の風景に心魅かれるのは、人の営みと愚かしさが誰にもわかるようにはっきりと刻まれているからだ。樹木は枯れ、表土の剥がれた岩山は、人類の未来の風景である。この岩肌に希望を見い出す意思を込めて、鈴木喜美子さんは絵筆をとる。だから廃墟を描いても深く美しいのだ。画家の希望が、私たちの未来だと思いたい】
おそらく集大成となる個展「『足尾』風土円環 鈴木喜美子展」(栃木県、日光市など後援)が、6月12日から18日まで、栃木県総合文化センター(宇都宮市本町1-8)で開催される。
(敬称略)
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春山陽一(Haruyama yoichi)
1953年、群馬県生まれ。早稲田大学政経学部卒業後に渡仏、パリ、ブザンソンで暮らす。1978年、朝日新聞社入社。1986年~2007年、アサヒグラフ、週刊朝日、AERA,、一冊の本編集部に在籍。2014年、朝日新聞社東埼玉支局赴任、2021年に退職。著書に『トキ物語 風のように 光のように』(中公文庫)などがある。