京都の小さな老舗の「茶筒」が“イギリス進出”…認知度なしからわずか9年で「国立博物館の永久展示品」にまでなったワケ

京都の小さな老舗の「茶筒」が“イギリス進出”…認知度なしからわずか9年で「国立博物館の永久展示品」にまでなったワケ
(※写真:開化堂の製品)

明治8年創業の「手づくり茶筒」の老舗「開化堂」は、現在までの約150年間、激しい時代の変化に見舞われながらも、長くゆっくりと繁栄を続け、海外進出も果たしています。本記事では、開化堂の六代目当主である八木隆裕氏が、著書『共感と商い』(祥伝社)から、同社の「茶筒」がイギリスで受け入れられ、ついには同国の国立博物館の「永久保存品」になるまでに至った経緯について語ります。

海外にも「家族」をつくっていく

「家族」のような関係を築くことは、海外への展開を考えるうえでも大事なことです。

 

私たち開化堂の海外展開がスタートしたのは、2005年のことでした。イギリスはロンドンのとある紅茶屋さんから、「あなたのところの茶筒を売りたい」というメールをいただいたのです。

 

そのお店は、高級ブランドやアートギャラリーが立ち並ぶニュー・ボンド・ストリートという通りから入ったところにある、ポストカード・ティーズさんというお店で、メールのあとで、オーナーのティムさんはわざわざ京都にもきてくださいました。

 

僕も直接対面した場で「もし、あなたのお店で茶筒を売っていただけるなら、実演に行きたいです」という話をしてティムさんから快諾いただき、晴れて道具を持ってロンドンに出向くことになります。

 

しかし、当然ですが、中小の工房である私たちに気軽に海外出張できるような予算の余裕はありません。

 

親父も、そもそもは「そんな海外なんかで売れるか」という考えです。つくり手が1人欠け、さらにお金もかかるロンドン行きには、とても懐疑的でした。

 

そこで僕は、これから付き合いが始まるそのティムさんに、「申し訳ないけれど、お宅に泊めてください」という、はじめて会ったという関係性を飛び越えたお願いをしたのです。

 

僕自身は、以前勤めていた免税販売店での経験もあり、外国の方だろうと同じ人間なのだから、英語を話してちゃんと説明ができれば、必ず売れると思っていました。

 

また、自分たちの価値にも、よいモノづくりにもすでに自信があったので、あとはどう知ってもらえるかだとも思っていました。

 

そして何より、対面で接している中で、ティムさんは僕のことを泊めてでも、開化堂の茶筒を売りたいと思ってくれているのではないか、という確信に近い感覚もありました。

 

「海外で開化堂の茶筒を売ってみたい」「免税販売店でも売れたので、必ずよさが届くはず」その思いを自信の裏打ちにして、相手の懐に飛び込んだわけです。

 

幸いなことに、ティムさんは僕のこの願いを了承してくださり、一番安い往復の航空チケットだけを握りしめ、親父にも「海外旅行に行ったと思って、この10日間はあきらめてくれ」と伝えて、手弁当でロンドンに向かったのでした。

 

あとから、考えてみても、このときポストカード・ティーズさんに泊めていただくことができ、ちゃんと受け入れてもらえたことは、とても大きいことでした。

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