デジタル化時代における中国製造業の変革
中国製造業の発展経緯・競争力には「中国的経営」の特徴が色濃く反映されている。動員力を活かした労働集約型でのモジュラー型アーキテクチャ製品の生産で強みを持つ一方で、組織構造・運営との「相性」が良くない「摺り合わせ型」アーキテクチャの製品開発では競争力を持てていない。研究開発に継続的に投資し組織能力を高めていく経営はファーウェイなどの一部企業を除いて定着してこなかった。
最近の動向として、EV、太陽光発電、風力発電など、グリーンという新たなトレンドを機会として世界の技術と人材を集めていち早く製品化し、中国市場での熾烈な競争に勝ち抜いた企業が海外市場を一気に開拓してグローバルでのシェアを握る、中国製造業の競争優位構築のメカニズム(勝ちパターン)が生まれている。
デジタル技術の進化により、これまでハードウェアで実現していた機能の多くがソフトウェア部品の「組み合わせ」で実現できるようになり、産業構造の水平分業化が進むことで、中国企業のトップダウンによる経営スピード、リスクテイクしての大胆な投資などの「強さ」が活きる環境が整ってきた。
また、中国政府は需要創出とルール形成によって、重点技術の研究、製品の開発による国際競争力強化を後押ししている。同時に、小米に代表される、プラットフォーム・モデルを活用して効率よくハイコストパフォーマンスの製品を開発する取り組みが中国で加速している。
中国製造業の特徴:「組み合わせ型」製品が得意
藤本隆宏・新宅純二郎『中国製造業のアーキテクチャ分析』(東洋経済新報社、2005年)などビジネス・アーキテクチャ研究※1を参照し、中国製造業の特徴をアーキテクチャと組織能力との「相性」の観点で整理する。
藤本らのアーキテクチャ※2研究では、企業の実力は製品・工程の設計思想(アーキテクチャ)と「組織能力」との「相性」に左右されるとの基本認識に基づき、企業の戦略判断のフレームワークを提示している。「組織能力」とは、企業がその生存と繁栄の拠り所として必要な物事を繰り返しなし得る、個々の企業に特有の組織の力である。
※1 藤本ら(2001)『ビジネス・アーキテクチャ:製品・組織・プロセスの戦略的設計』(有斐閣)、藤本(2003)『能力構築競争』(中公新書)、藤本ら(2005)『中国製造業のアーキテクチャ分析』(東洋経済新報社)、藤本ら(2007)『ものづくり経営学:製造業を超える生産思想』(光文社新書)、中川(2011)「技術革新のマネジメント」(有斐閣)を参照した。
※2 中川功一(2011)は製品アーキテクチャについて「製品設計あるいは製品技術の状態を捉えるひとつの概念」と定義している。
藤本らは、世の中のあらゆる製品を「設計情報がメディア(情報を担う媒体)の上に乗ったもの」と見なし、製品開発を「設計情報の創造」、生産を「設計情報を工程から製品へ、繰り返して転写していくこと」と定義している。
その上で、製品アーキテクチャを、部品設計の相互依存度に基づいて「摺り合わせ(インテグラル)型」と「組み合わせ(モジュラー)型」の2つに大別している。
「摺り合わせ(インテグラル)型」は、部品設計を相互調整して、製品ごとに最適設計しないと製品全体の性能が表れないタイプ、「組み合わせ(モジュラー)型」は、部品(モジュール)の接合部(インターフェース)が標準化されており、これを寄せ集めれば多様な製品ができるタイプである。
そして、企業を超えた連結(クローズ/オープン)の度合いとの2軸で、設計情報のアーキテクチャ特性による製品類型のフレームを定めた[図表]。
藤本ら(2007)は、世界の地域ごとに偏在する「組織能力」と製品の「アーキテクチャ」との「相性」が地域ごとの産業競争力に影響を与えるとして、世界主要地域の得意アーキテクチャを分析している。
これによると、
・米国:事前にビジネス・システムを設計する構想力に優れる組織能力を特徴とし、知識集約的な「オープン・モジュラー型製品」を得意とする。
・欧州:デザイン力など市場における「表現力」を競争の武器とし、ブランド重視の「摺り合わせ型製品」を得意とする。
・中国:動員力を活かした労働集約的な「オープン・モジュラー型製品」を得意とする。
中国企業と同じ「組み合わせ型」が得意な米国企業
米国は、歴史的に世界中から移民など人材が集まる場をつくり、知識の収集を通じて発展してきた国として、知識集約的なモジュラー型製品を得意とする。中国は安い賃金で優秀な単能工を大量に供給できる雇用上の仕組みを背景に、労働集約型のモジュラー型製品で強みを持つ。米国と中国は異なる歴史的経緯ながらも、共にモジュラー型アーキテクチャの製品を得意とする組織能力を蓄積してきた。
「摺り合わせ型」が得意な日本企業
一方、日本の製造業では、生産要素が不足する中で高度成長期を経験し、希少な労働力や下請け生産能力を長期的に確保することに経済合理性を見出した多くの企業が、長期雇用・長期取引をベースとする能力構築競争を通じて多能工のチームワークを基本とする組織能力を築いてきた。こうした組織能力と相性が良い「摺り合わせ型製品」で国際競争力が強い傾向がある。
藤本らによる世界主要地域の得意なアーキテクチャの分析は、筆者の認識および日系製造企業でグローバルビジネスの経験を積んだ実務家の実感(ヒアリングに基づく)からも納得感がある。
日本が国際競争力を持つ自動車、複写機、電子部品、素材などの企業は、いずれも安定した雇用や取引関係をベースに、現場のナレッジを蓄積し、丁寧なつくり込みを行うことができる組織能力を備えている。
自動車(ガソリン車、ハイブリッド車)は、長期雇用を活かして多能工を養成し、3万点以上の部品を丁寧に摺り合わせていくことで高い乗り心地や安全性を実現している。
複写機は、メカ(機械)、ケミカル(化学)、エレクトロニクス(電気)の3領域の技術の協調(摺り合わせ)が製品機能・品質を左右するが、日本企業の安定した組織・人材が国際競争力の基礎となっている。複写機メーカの幹部は、3つの技術領域の摺り合わせの妙を「秘伝のたれ」と称している。
いずれも、日本企業の組織能力と「相性」の良い摺り合わせ型アーキテクチャで競争力を築いてきた。しかし、デジタル化が進むなかで、日本企業の摺り合わせ能力の源泉である現場ナレッジは、「形式知化」されて世界各国の企業が応用しやすくなっていく。
加えて、モジュール部品の組み合わせでより多くの機能が実現できるようになってきた。世界規模で水平分業と垂直統合が最適解を求めてダイナミックに変化していく中で、日本企業が摺り合わせと現場力によって競争力を発揮できる領域は縮小していくことを直視せざるを得ない。
このような競争環境下で、日本企業が中国、米国など企業と差別化できるポジショニングをいかに再構築するか、後々論じたい。次項で、藤本らのアーキテクチャ研究を参照して中国製造業の発展経緯を明らかにしながら、直面する課題を分析する。
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