「いつかくる未来」を力ずくで手繰り寄せる
■不可能を可能にしたければ、まず計画を立てるんだ!
マスクが「世界を救う」ためには、ガソリン自動車から電気自動車への転換が不可欠であった。そのため、2004年にできたばかりのテスラモーターズに投資し、自らCEOに就いて急成長させてきた。
将来の見通しについても、マスクは絶対の自信を持っている。
早くからこう言い切っている。
「今、EVはニッチだが、今後はEVが主流になる。長期的に業界は完全に電気にシフトする。それがいつかが問題であり、なるかならないかの問題ではない。ガソリンのような持続不可能なものから、持続可能なエネルギーにシフトすることは時代の要請だ」
テスラ以前なら、マスクのこの言葉を本気にする人はいなかったかもしれない。しかしテスラ以後は、電気自動車の未来を信じる人が増えてきている。
実際、大手自動車メーカーも国の政策も「脱ガソリン車」へと大きく舵を切っている。「未来を予測する最高の方法は自らつくり出すこと」という言い方があるが、マスクは「いつかくる未来」を力ずくで手繰り寄せようとしている。
では、なぜ当時「電気自動車の未来」を信じる人がほとんどいなかったにもかかわらず、マスクは「不可能を可能にする」ことができたのだろうか?
秘密の一つは、2006年にマスクが発表した「マスタープラン」にある。
次のような内容だ。
◎電気自動車のような新しい技術を開発するにはお金がかかるので、初期の段階では、1台当たりのコストがかなり高くなってしまう。
◎テスラは、そのコストを吸収できる高価格を許容してくれる顧客を狙って、まずは「ハイエンド市場」から参入する。具体的にはロードスターというハイエンドのスポーツカーを最初のモデルとして市場に投入する。
◎ロードスターを一定台数販売することで、できるだけ早くコストを回収し、コストダウンを実現する。その結果、2番目の車種としてファミリー層向けのスポーティー4ドアセダンを、最初の車種ロードスターの価格8万9000ドル(約1200万円)の約半額で市場投入する。
◎さらに3番目の車種として、より安価な大衆型モデルを発売する。
◎こうしたモデル展開戦略に加え、車メーカーに限らず、自社の技術を採用してくれる他社へ発電システムを提供する戦略を並行して実施する。
以上がマスクの発表した「マスタープラン」の概要であり、10年後の2016年には「マスタープラン」のパート2も発表している。
このようにマスタープランをつくった上で、スケジュールのズレはあったとしても、一つずつ確実に実行していくところにマスクのすごみがある。
マスタープランについて、こう話している。
「テスラが(マスタープランの)ステップ1から始めなくてはならなかったのは、私がペイパルの売却で得たものでできる最大限のことだったからです。成功する可能性があまりに低いだろうと思い、最初は自分以外の人の資金にリスクを負わせるべきではないと考えました。(ロードスターのような)少量生産車ということは、より小さくシンプルな工場で、ほとんど手作業で車をつくることを意味します。スケールメリットがなければ、何をつくろうとも高額になります。でもスポーツカーであれば少なくとも何人かは高額を支払ってもよいという人はいるでしょう」
携帯電話にしても冷蔵庫やカラーテレビのような家電製品にしても、最初はいずれも割高なところからスタートする。
その時購入できるのは一部のお金持ちだけだが、環境意識が高く、地球のために何かしたいと考えているお金持ちであれば、1000万円を超えるロードスターであっても喜んで買うだろう。
そうやって資金と技術、生産体制などを徐々に構築しながら、時期を見て普通の人が買うことのできる手頃な価格帯の車を出し、やがては電気自動車の時代を切り開く。
これこそマスクが描いたマスタープランの狙いだった。
と同時にこれは、テスラを「見えない攻撃」から守る役目も担っていた。
いくら環境に良いとはいえ、高額なスポーツカーでスタートすると、テスラはフェラーリのように金持ちのためだけの車をつくろうとしているという批判を浴びかねない。
テスラがフェラーリになろうとしているのならそれもいいが、マスクが目指していたのは地球上のガソリン車をいずれは電気自動車に置き換えていくことだ。
そのためにはテスラは「お金持ちのための車」だけをつくるのではなく、「世界を救うためにたくさんの人に乗ってもらえる車をつくる会社である」と宣言しておくことも必要だった。
こう考えたマスクは、見えない批判を未然に防ぐ意味合いも込めて、マスタープランを発表した。
いきなり突飛なことをやりだす印象の強いマスクだが、実は様々なことを用意周到に進めている。決して一足飛びにものごとを運ぼうとしないのがマスクの特徴だ。
電気自動車の大衆化の実現に向けても、マスタープランという緻密な計画をつくり、計画に基づいて一つずつクリアしていく。
これこそマスク流「不可能を可能にする」仕事術である。
桑原 晃弥
経済・経営ジャーナリスト
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