賢さは小利口さとは別のものである
■常識を疑え!今の「当たり前」は未来の「当たり前ではない」んだ!
大企業が豊富な人材や資金、技術力を持っているにもかかわらずイノベーションを起こすことができない理由の一つは、既存の考え方や前例に囚われ過ぎているからだ。
アメリカにおいて、「ガレージ」はベンチャー企業の出発地を象徴する言葉だ。ガレージには、新しいアイデアとやる気に満ちた若者が集まるというイメージがある。
一方、ベンチャー企業の側からは、大企業には資金も技術もノウハウもあるものの、夢とワクワク感が欠けているように見える。
そして、大企業の悩みの種は常にそこにある。
有能な人や高学歴の人は集まりやすいものの、夢を持ち、リスクを取ってでも挑戦しようという人が集まりにくいのだ。
アメリカを代表する大企業ゼネラル・エレクトリック社(GE)の改革に挑み、同社を「世界最強企業」の一つに押し上げた「伝説のCEO」ジャック・ウェルチがしばしば口にしていたのが次の言葉である。
「わざわざガレージから始めなくてもいいようにすることが、大企業に課せられた大きな仕事だ」
そのためにウェルチが取り組んだのが、儲からない事業分野を売却したり、世界中にある素晴らしいアイデアを取り入れ実行するといった数々の試みだった。
ウェルチの考えにあったのは「大企業」という座に安住することなく、巨大な官僚機構をぶち壊し、常に新しいアイデアを取り入れ、楽しくてワクワクするような企業をつくることだった。
ウェルチの試みは成功し、GEは今も大企業であり続けているが、今日のアメリカを代表する企業といえば、どちらかというとガレージから出発したGAFAやマイクロソフト、そしてマスクの率いるテスラやスペースXである。
マスクは、その原因をこう分析している。
「インターネットとか財務とか法務に詳しい賢い人間が多過ぎると思うんだ。そういうこともイノベーションがじゃんじゃん生まれてこない理由なんじゃないか」
イノベーションには賢さも欠かせないが、それは成功確率や儲けを素早く計算する小利口さとは別のものなのだというのがマスクの考え方だ。
イノベーションというのは、グーグル創業者のセルゲイ・ブリンが言うように「われわれが取り組んでいることが信じがたいSFのようだと人々が思わないなら、それは大したイノベーションではないということだ」となる。
確かにマスクがやろうとしていることは、「信じがたいSFのようなもの」だが、そんな偉大なイノベーションを起こすためには何が必要なのだろうか?
何より大切なのは「常識を疑う」姿勢であり、「今、みんなが当たり前と思っているものを『本当なのか?』と疑う姿勢」である。
これこそが大企業で働く人たちが最も苦手とすることであり、GAFAの創業者やマスクが最も得意とすることでもある。
「今あるものを改善する」というのは大切なことだが、それだけでは新たなものを生み出すのは難しい。
常識や当たり前を疑う、つまり「今あるものを否定する」ことでもたらされるのがイノベーションだ。
マスクの革命は、大企業の見方ややり方を否定するところにある。
マスクがXドットコムを立ち上げたのは「銀行業界は時代遅れであり、インターネットの時代に、わざわざ銀行の窓口に足を運ぶ必要があるのか?」という疑問からである。
テスラでは、電気自動車には鉛蓄電池を使うのが当たり前という常識に対し、「それ以外の方法はないのか?」という問いかけからリチウムイオン電池、それもノートパソコンなどに使われているリチウムイオン電池を大量に連結することを思いつき、「ロードスター」をつくり上げている。
スペースXでも、今のロケットの基本技術を丹念に調べてみたところ、30~50年前となんら変わらない過去の遺物が使われていることを知り、ロケットの構造や部品、素材などをゼロベースで見直した。
その結果、どこよりも低価格で信頼性の高いロケットをつくり上げることに成功している。
マスクは、こう問いかけている。
「人は『今までずっとそうだったし、これからも変わらない』と言います。でも、これっておかしいことだと思いませんか? ずっと同じものの見方をしていては、いつまで経っても変わりませんよ」
「今までもこうだった」ではなく、「それは本当か? こう考えたらどうだろう?」と見方を変えることで初めて新たな発想を得ることができる。
「常識を疑う」は、マスクにとって「当たり前」である。