科学的アプローチの体現者、ブライソン・デシャンボー
ゴルフが科学を取り入れて進化していることは、ブライソン・デシャンボー(米国)のゴルフに対する取り組みによく現れていると思います。彼の取り組みに対する注目度は、ゴルフ界にとどまらず、「スポーツイラストレイテッド」2020年11月号の表紙を飾り、「ゴルフの破壊者」として紹介されました。
実際、デシャンボーの科学的な分析へのこだわりや、飛距離への飽くなき挑戦はPGAツアーの選手たちに、混乱と動揺をもたらしました。彼はタイガーがゴルフ界を変えたように、ゴルフの概念や考え方を破壊したのです。彼は肉体改造で手にした飛距離によって、パー5のホールをまるでパー4のようにプレーしました。デシャンボーの登場によって、選手たちはデシャンボーが作り出した波に対して、どう立ち向かうのかを考えざるを得なくなったのです。
新型コロナウイルスによってPGAツアーが中断していた2020年の3月〜6月の間、デシャンボーはコーチのクリス・コモの自宅に通い詰めていました。コモの自宅はモーションキャプチャー用のハイスピードカメラや地面反力を測定できる機材などを備えた研究施設に改造されており、そこで連日のようにスキルアップに努めていたのです。
コモの自宅では、最長474ヤードを飛ばす2019年の世界ドラコン選手権優勝者のカイル・バークシャー(米国)とも交流しており、世界一の飛ばし屋に飛距離アップのエッセンスを学んでいたようです。
2020年に27歳にして全米オープンを初制覇し、米ゴルフ界の話題をさらったデシャンボーは、驚異的な肉体改造で圧倒的な飛距離を手にしました。その陰なる立役者がコモでした。コモは、腰の故障などで長く低迷していたタイガー・ウッズのコーチを2015年から約3年間務め、体に優しく飛距離の出るスイング構築を行うことで、タイガー復活の基礎をつくりました。
そのコモがデシャンボーと2018年からコーチ契約を結んだことで、全米オープンを含む6勝に貢献しました。デシャンボーは大幅な体重増による肉体改造に注目が集まりがちですが、飛距離を伸ばしたのは体を変えただけではなく、地面反力を積極的に使ったスイング改造にもありました。
コモが指導するのは、地面反力やバイオメカニクスに基づく体への負担が少なく最大の飛距離を実現するスイングです。これによってタイガーは、満身創痍の状態でも故障しにくく飛距離の出るスイングを手に入れることができました。
そして、デシャンボーは地面反力を最大限活用したスイングで、飛距離を最大限に追求するスイングを手に入れたというわけです。コーチの立場からすると、すでに安定的に成績を出している選手や、スイングを確立している選手を指導するのは難しくありません。大幅なスイング改造を行わなくていいので、今までのスイングが狂わないように調整すれば結果が出るからです。
しかし、これから復活を期する選手やステップアップを目指す選手の指導は、大幅なスイング改造を行う必要があるため、スイング知識や経験などコーチとしての力量が問われます。とくに、怪我をしている選手に対しては、メディカルやフィジカルの知識も必要になってきます。
コモの実績で特筆すべきところは、すでに良い状態にある選手を指導するのではなく、新たにスイングをつくり直す必要がある選手を成功に導いた点です。タイガーは怪我によって満身創痍でキャリアのどん底ともいえる状態でしたし、デシャンボーも2018年までに1勝を挙げていたものの思うように結果が出ず、それまでのワンプレーンスイングに見切りをつけなければいけない時期でした。
コモは新たなスイングが必要だったデシャンボーのスイング構築を行い、見事にメジャー優勝に導いたわけです。