マッドサイエンティスト誕生の背景
ブライソン・デシャンボーが全米オープンを制したとき、私はゴルフ界が新たなステージに突入したと感じました。
デシャンボーは、難コースで知られるウィングドフットGC(ニューヨーク州)を1人だけ4日間オーバーパーなしでラウンドし、同コースの全米オープンの優勝スコア記録(1984年のファジー・ゼラーの4アンダー)を更新する6アンダーを叩き出しました。
この快挙はそれまでの全米オープンのコースマネジメントのセオリーを覆す、「ラフに入れない」から、「ドライバーで飛ばして短いクラブで打つ」という戦略を採用したことによって実現しました。流れるようなスイングに定評があるルイ・ウーストヘイゼン(南アフリカ)に、「ひとりだけ小さなゴルフ場でプレーしているようだ」と言わしめたほどです。まさに完勝という言葉がぴったりな歴史的勝利でした。
実はデシャンボーの活躍ぶりは全米オープン前から大きな話題となっていました。PGAツアーが新型コロナウイルスによって中断している間、トレーナーのグレッグ・ロスコフによる筋力トレーニングと、1日6食(約3000キロカロリー)と6本のプロテインシェイクを摂った成果で体重を9キロ増量し、約110キロとなった体で大きく飛距離を伸ばしていたからです。
2020年度のドライビングデータを見ると、322.1ヤードを記録し、全選手の中でトップとなりました。前年度の記録は34位の302.5ヤードでしたから、1年で20ヤード近く飛距離を伸ばしたことになります。
その成果は如実で、2020年7月に行われたロケットモーゲージ・クラシックで2位に3打差をつけて優勝を果たし、飛距離アップがスコアに直結することを証明しました。
ゴルフをとことん理詰めで考えることから「マッドサイエンティスト(イカれた科学者)」とも呼ばれ、異端児扱いされがちなデシャンボーですが、とにかくゴルフへの向き合い方は科学的です。
例えば、道具に対しては、使用するボールを塩水に浮かべて重心位置を測定したり、同じ長さのワンレングスアイアンを使用するなどのこだわりを見せます。練習では弾道測定機器を2台使って正面と後方で測定するといった徹底したデータ主義者です。