ただし、更新拒絶や解約申入れは、「建物の賃貸人及び賃借人……が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合」でなければできません(借地借家法28条)。
この正当事由の有無は、当事者双方の使用の必要性を主たる判断基準としたうえで、賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況、建物の現況、立退料等の提供を総合考慮して判断されます。
本件の場合、相談者は自身が入居することを見据えてマンションを購入したようではあるものの、相談者自身の年齢や家族構成など、相談者側の使用の必要性については不明瞭です。
他方で、賃借人は90歳とのことなので、一般的には転居先を見つけるのが難しく、使用の必要性は高いといえそうです。
その他、賃貸借契約の期間の長さ(期間が長いほど賃借人側に有利な事情となります)、賃借人の不信行為の有無(たとえば、賃料不払や無断転貸などの不信行為があれば賃貸人側に有利な事情となります)、建物の現況(たとえば、老朽化しており建替えが必要であれば賃貸人側に有利な事情となります)などが考慮されます。
また、立退料等(金銭のほか、代替物件の提供やの提供や紹介を含みます)も、正当事由の有無において考慮される要素のひとつです。
立退料の内容としては、転居費用のほか、長年培ってきた地縁的なつながりを失うことによる精神的苦痛も考慮されます。
立退料等の額については、ケースバイケースであるため、相場を示すことは困難です。一般的には、賃貸人に明け渡す必要性が高いほど低額になり、賃借人の使用の必要性が高いほど高額になるといえます。
たとえば、東京地判昭和63年9月16日判時1312号124頁は、建替えの必要性等を考慮したうえで、借家権価格の約4分の1に相当する700万円の立退料を相当としました。
また、東京地判平成23年6月23日(LLI/DB判例秘書登載)は、取壊しの必要性のほか、代替物件を多数紹介したなどの誠実な退去交渉をしていた事情を考慮し、賃料の30ヵ月分に相当する150万円の立退料を相当としました。
もっとも、立退料等の提供は、あくまで正当事由の有無を判断するための考慮要素のひとつにすぎません。そのため、賃借人の使用の必要性が高い場合などでは、立退料等の提供を申し出たとしても、正当事由が否定されることもありえます。
たとえば、東京地判昭和56年10月26日判時1030号55頁や、東京高判平成5年1月21日判タ871号229頁などは、賃借人の年齢や生活状況などを考慮し、立退料等の提供申出があったにもかかわらず正当事由を否定しました。
本件では、賃貸人側の使用の必要性や賃貸借に関する従前の経過等の事情を調査・整理しつつ、代替物件の提供・紹介を含む誠実な退去交渉をすることが望ましいでしょう。