時代に合わせ、規制とビジネスを柔軟に変えていく発想
さらに踏み込んで、今後モビリティがサービス化すると、車は体験の前提となる移動という「機能」を提供するものになり、電気や水道と同じように供給されて当たり前のインフラとして捉えられる可能性もある。電気や水道と同様に受け止められると、提供されないことや不具合が著しい不満足につながり、体験を損なう要因となる。
ウーバーのドライバーが日本車を好むように、日本車は長らく耐久性や壊れにくさの面で優れてきた。日本は従来、様々なサービスにおいてどのような場面でも供給責任を果たすことを美徳としてきた背景がある。
今後、モビリティサービス提供事業者(自動車メーカーが自らサービス提供を行う場合もあれば、サービス事業者がこのポジションになることもある)は、車体(移動機能)の安定提供を最優先に求めると考えられる。従来の耐久性を生かしつつ、車体センサーのデータを活用しながら適切なタイミングでメンテンナンスを行うことも含め、どんな状況でも「落ちない車」を作ることができれば日本企業の強みになるのではと考える。
もっと極論をいうと、「そもそも自動車のタイヤは4本必要なのか?」と常識を疑って考えてみることも重要だ。固定観念が強いと視野も思考も狭くなる。いつの間にか自動車は4本のタイヤがあるべきだと考え、その前提で検討しているが、本当にそうなのだろうか。自動車の安全性を担保するために様々な法律によって製品仕様や走行ルールが制限されているが、それが思考範囲を狭くしてしまっていないだろうか。
コロナ禍前の話だが、サンフランシスコで通常なら1時間で行ける道路も、通勤ラッシュ時には車の大渋滞で2時間以上かかっていた。周りの車を見渡すと、4人乗りの車にビジネスマンが1人で乗って運転している。もし自動車が半分のサイズで済むなら、2倍の数の車両が道路を走行できるので渋滞も運転のストレスも減らせるはずだ。
長年技術開発してきた大手メーカーは、その豊富な蓄積や成功体験が邪魔して、枠から外れて考えることが苦手である。破壊的イノベーションを起こす多くの企業は、顧客の課題(ペイン)からあるべき移動の本質を捉え、最適なタイヤの本数や車体サイズを考える。
自動車産業においてはクルマのデザインに関しても多くの規制があり、自由がきかない部分もあるが、顧客の体験から考えあるべきハードウェアの要件を最適化し、時代に合わせて規制とビジネスを柔軟に変えていく発想も必要だろう。DXやソフトウェアによる体験を強調してきた中、逆説的なのであるが、顧客の体験を重視したうえでの最適なハードウェアの提供は日本の大きな強みになるように思える。
また、顧客の体験を想定し、車の非日常体験の代替手段に立ち返って考えてみると、自動車の最大のライバルはメタバースやVR(仮想現実)となるかもしれない。メタバースやVR上で自動車レースゲームの操作をするのは免許が不要であり、事故もなく、維持費もいらない。子供でも運転体験が可能で、運転する喜びを得ることができる。今後ますます移動しないで得られる体験の幅が広がってくるであろう。
【参考文献】
Arthur Gautier and Joel Bothello(2022) "What Happens When a Company (Like Patagonia) Transfers Ownership to a Nonprofit?" HBR.org, October 10, 2022.
Fred Lambert(2019) Tesla launches its own insurance program, claims up to 30% cheaper,electrek, Aug 28 2019
日経クロストレンド(2022),次世代ラーメン自販機「ヨーカイ」 一風堂コラボに続く2つの秘策、2022年4月
日経クロストレンド(2022),Z世代の4大インサイトと3つの誤解 「顧客=消費者」はもう古い,2022年4月
日経クロストレンド(2017),ゴミ・ゼロの町に誕生したマイクロ・ブルワリー
日経クロストレンド(2020) , 前大臣も訪問 過疎の町に開業「ごみゼロ体験」ホテルの徹底ぶり
木村 将之
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
シリコンバレー事務所パートナー、取締役COO
森 俊彦
パナソニック ホールディングス株式会社
モビリティ事業戦略室 部長
下田 裕和
経済産業省
生物化学産業課(バイオ課)課長
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