(※写真はイメージです/PIXTA)

自動車産業において、世界では脱炭素化にEV化を中心に取り組みが広がっています。脱炭素化・EV化においては出遅れた形となっている国内メーカーですが、日本ならではの強みを活かす方法があるといいます。みていきましょう。

 

脱炭素はサプライヤーを巻き込んだ総力戦へ

気候変動対応では、世界の2600社超がコミットするSBTi、ISO(国際標準化機構)などにおいて、原則としてスコープ1〜3までを把握することが求められている。

 

スコープ1は、自社の事業活動における直接的な温室効果ガス排出、スコープ2は他社から供給された電気、熱・蒸気の使用により発生する間接的な温室効果ガス排出、スコープ3は、上流・下流双方のサプライチェーンからの温室効果ガス排出である。

 

モビリティ産業も例外ではなく、バリューチェーンの上流・下流全体を含むライフサイクル・アセスメントでの温室効果ガス排出削減が求められる。

 

実現においては、企業の直接的な排出データである1次データ(※)の把握が肝要で、関係するサプライヤーとともに取り組む必要がある。サプライヤーの温室効果ガス排出のデータを把握し、削減努力が適切に反映される仕組みの構築が求められるためである。

 

※「1次データ」に対して業界の平均値や財務数値からの推定によるデータを「2次データ」という。1次データを活用すると、2次データを使用する場合に比して、企業の実際の排出削減の努力が正確に反映されるため、企業が適切な削減インセンティブを持つとされる。

 

先行する企業では、この課題にチャレンジするために、メーカーがサプライヤーからデータを収集する取り組みを始めている。メルセデス・ベンツは2039年にサプライチェーン全体のカーボンニュートラルを達成する計画「Ambition 2039」を発表し、コミットしている。

 

22年からカーボンニュートラルでの生産をMercedes-Benz Cars&Vansの自社工場で開始し、2030年にはスコープ1、2において18年比50%の温室効果ガス排出削減を実現、2039年にはサプライチェーン全体でのカーボンニュートラルを実現するというロードマップを示している。20年12月には、2039年にカーボンニュートラル未達となるサプライヤーを取引先から除外する方針を公表し、約2000社のサプライヤーのうち75%が実現へ向けた覚書に署名するに至った。

 

メルセデス・ベンツは、カーボンニュートラルな乗用車を目指し、ブロックチェーンスタートアップのCirculor(サーキュラー)とともに、コバルトのサプライチェーンにおける温室効果ガス排出量の透明性を高めるパイロットプロジェクトにも取り組んでいる。メルセデス・ベンツはサプライヤーの排出量を記録し、効果的な温室効果ガス削減策を特定することも始めている。

 

フォルクスワーゲン傘下のポルシェも、ブロックチェーンスタートアップのCircular Tree(サーキュラーツリー)と組み、いち早くライフサイクル全体での温室効果ガス排出量削減を目指している。

 

サーキュラーツリーが開発した「Carbon Block」は、サプライチェーンにおける部品や材料の構成を明確化し、温室効果ガスの排出をより透明化するカーボンフットプリント技術である。

 

サプライチェーンに沿った部品の温室効果ガス排出量をデジタルで転送するスマートコントラクト技術を実装しており、ポルシェはサプライヤーのカーボンフットプリントを比較できるようになる。これが、カーボンニュートラルなアプローチを取るインセンティブとなる。

 

ポルシェは、同社のサプライヤーであるマザーソンとBASFの2社と試験的にデータ共有を行っており、サプライヤーを巻き込んだカーボンニュートラルの達成を目指している。ポルシェは温室効果ガス排出量の可視化を超えて、さらに広範なサステナビリティー情報の開示を目指す。オランダのスタートアップCircularise(サーキュライズ)と製品のサステナビリティー情報を確認できるブロックチェーンベースのアプリを開発。これにより、すべての部品のプラスチック含有量を追跡することが可能となるという。

 

サーキュライズはEUのイノベーション促進プログラム「ホライズン2020」を通じて、150万ユーロの資金提供を受け、活動を促進している。フォルクスワーゲンは部品製造時の電力を再生可能エネルギーのみとしない場合、将来的な契約締結を不可とする方針も打ち出している。

 

脱炭素化をより加速させることができれば、日本の強みも活かせるようになる

サプライヤー側に目を移してみる。欧州の大手化学メーカーBASFは、環境も含むサステナビリティーへの貢献度に応じてソリューションを4つのカテゴリーに分類。5万7000点以上の製品ポートフォリオを分析し、約1万6000のソリューションを「持続可能な解決策に多大に貢献する製品」としてアクセラレーターカテゴリーに設定している。

 

同社は2020年時点で167億ユーロであるアクセラレータ―カテゴリーの売上高を2025年までに220億ユーロまで大幅に伸ばす野心的な目標を掲げる。

 

4つのカテゴリーのうち、同社のサステナビリティー基準を満たしていないとされる最も厳しい「チャレンジ」に分類された製品は、遅くとも分類後5年以内で段階的に廃止する方針を取る。BASFは温室効果ガス排出量の開示にいち早く対応することで、自社が選ばれる仕組みを構築しているのである。

 

欧州ではスタートアップと大手自動車メーカー、化学品メーカー、部材メーカーが連携し、自動車の製品ライフサイクルのあらゆる場面で排出量を把握するプロジェクトを推進している。世界各地で自動車の製品ライフサイクル全体でのカーボンフリーを目指す、「カーボンニュートラル・ビークル」の概念が提唱され始めており、温室効果ガス排出削減を今後ビジネスと結びつける動きはますます強まるものと考えられる。

 

このような排出削減はサプライヤーにとって、コスト増となるばかりではなく、チャンスと見ることもできる。日本で温室効果ガス排出算定ツールの開発を手掛けるゼロボード代表取締役の渡慶次道隆氏は、

 

「欧州ではサプライチェーン排出量の削減努力が製品価格に転嫁され始めている。受け身になりがちな日本企業だが、この動きはチャンスにもなり得る。系列などサプライチェーン間の関係の強さを生かし、中小企業も巻き込んで1次データを収集する仕組みを構築すべきだ。1次データの活用で、サプライチェーンの脱炭素化を加速させることができれば、日本が世界をリードできる可能性がある」と話す。

 

サプライヤーを巻き込んで1次データを適切に活用し、サプライチェーン全体での脱炭素化を加速できるか、強固な取引関係と改善システムを構築してきた日本の自動車産業の新たな総合力が試されている。

 

【参考文献】

電通、電通総研(2021) サステナブル・ライフスタイル意識調査2021


木村將之(2022)「気候変動対応はビジネスになるのか?」日経クロストレンド 2022年7月28日


Ford(2022)2022 INTEGRATED SUSTAINABILITY AND FINANCIAL REPORT


General Motors(2021)General Motors 2021 Sustainability Report


Aspiration(2021)Aspiration Investor Presentation Octoboer 2021


USEPA(2022),Inventory of U.S. Greenhouse Gas Emissions and Sinks,APRIL 14, 2022


Rhodium Group(2022)Preliminary 2020 Global Greenhouse Gas Emissions Estimates,Dec23,2021

 

 

木村 将之

デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社

シリコンバレー事務所パートナー、取締役COO

 

森 俊彦

パナソニック ホールディングス株式会社

モビリティ事業戦略室 部長

 

下田 裕和

経済産業省

生物化学産業課(バイオ課)課長

 

 

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※本連載は、木村将之氏、森俊彦氏、下田裕和氏の共著『モビリティX シリコンバレーで見えた2030年の自動車産業 DX、SXの誤解と本質』(日経BP)より一部を抜粋・再編集したものです。

モビリティX シリコンバレーで見えた2030年の自動車産業 DX、SXの誤解と本質

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木村 将之、森 俊彦、下田 裕和

日経BP

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