(写真はイメージです/PIXTA)

物価高や新型コロナウイルスの感染拡大という逆風を受けながらも、個人消費が持ち直しを続けているのは、「コロナ禍の行動制限などによる高水準の家計貯蓄率にある」と、ニッセイ基礎研究所の斎藤太郎氏はいいます。一方で、家計貯蓄率は下落傾向にあり、コロナ禍前の水準に戻った際には、賃上げの重要性が一層高まります。家計貯蓄率と賃上げについてみていきましょう。

高まる賃上げの重要性

岸田首相は、2023年春闘でインフレ率を上回る賃上げの実現を経済界に要請し、連合も賃上げ要求を5%程度としている。大幅な賃上げを表明する企業も相次いでおり、ここにきて賃上げの機運は大きく高まっている。ただし、賃上げ率を見る上では注意すべき点がいくつかある。

 

まず、一般的に賃上げ率の指標として用いられる数字は、定期昇給を含んだものであることであることだ。個々の労働者に焦点を当てれば、その人の賃金水準は平均的には毎年定期昇給分だけ上がっていく(年功賃金体系の会社の場合)。しかし、毎年高齢者が定年などで退職する一方で、若い人が新たに働き始めるので、労働市場全体でみれば平均年齢は変わらない(厳密には高齢化の分だけ少し上がる)。したがって、マクロベースの賃金上昇率を考える際には、定期昇給分を除いたベースアップを見ることが適切だ。

 

連合が掲げている5%の賃上げ要求は定期昇給を含んだものである。賃金改定率のうち、定期昇給分は1.7~1.8%程度とされるため、連合の賃上げ要求をベースアップでみると3%台前半ということになる。

 

また、連合の要求水準と連合傘下組合の実際の要求水準には乖離がある。連合は2015年から2022年まで4%(定期昇給を含む)の賃上げ要求を掲げてきたが、連合傘下組合の実際の賃上げ要求は3%程度、実際の賃上げ率は2%程度にとどまってきた(図表6)。2023年は連合が賃上げ要求を引き上げたため、実際の賃上げ要求も高まる可能性が高いが、5%という数字は割り引いてみる必要がある。

 

春闘で妥結する賃上げ率は、賃金総額の約4分の3を占める基本給に反映され、企業にとっては固定費となるため、賃金を単年で一気に引き上げることを躊躇する企業が多いことも念頭に置いておく必要がある。実際、1980年以降の春闘賃上げ率の実績を見ると、賃上げ率の前年に比べて最も大きく改善したのは、1981年の0.94%(1980年:6.74%→1981年:7.68%)で、1%以上改善したことはない*4(図表7)

 

【図表6】【図表7】
【図表6】【図表7】

 

ニッセイ基礎研究所では、2023年度の消費者物価上昇率(生鮮食品を除く総合)を1.9%、春闘賃上げ率を2.75%(ベースアップでは1%程度)と予想している。岸田首相が要請しているように、賃上げ率(ベースアップ)がインフレ率を上回る状態を2023年に実現することは極めて困難と考えられるが、このことを過度に悲観する必要はない。

 

足もとの物価上昇は、原油などの資源価格の高騰や円安の急進に伴う輸入物価の急上昇という一時的な要因によるところが大きく、下方硬直性が高く安定的な動きをする賃金の伸びがこれを一気に上回ることは現実的ではない。

 

 ベースアップと物価上昇率一方、中長期的には、ベースアップが物価上昇率を上回ることを目指すべきであり、1990年代半ばまではこれが実現していた(図表8)。物価安定の目標が2%であることを前提とすれば、ベースアップが2%を上回る水準となることがひとつの目安となるだろう。

 

【図表8】
【図表8】

 

2023年は、賃上げ率(ベースアップ)が物価上昇率を安定的に上回るという望ましい姿を実現するためのスタートの年となることが期待される。

 

*4:1965年の調査開始以降では、第一次石油危機のインフレ期にあたる1974年に前年差12.8%(1973年:20.1%→1974年:32.9%)が最高となっている。

 

 

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※本記事記載のデータは各種の情報源からニッセイ基礎研究所が入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本記事は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
※本記事は、ニッセイ基礎研究所が2023年1月13日に公開したレポートを転載したものです。

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