日本はすでに全領域戦の戦時下にある
現在、日本にとっての最大の脅威は中国であり、「中国は我が国にとって最大の脅威である」と明確に記述すべきである。
「脅威(threat)」という語句が経済上・外交上の配慮で使えないと主張するのであれば、最低限でも「懸念(concern)」という語句を使用すべきである。つまり、「中国は日本の安全保障にとって最大の懸念である」と記述すべきだ。
中国への脅威認識を曖昧にするから親中の国会議員が増え、中国の立場を代弁する政党がなくならず、日本企業が金儲けだけを考えて中国に投資し、アカデミアも中国の知的財産の窃取にきわめて甘い姿勢を改めないのだ。
自衛隊の防衛力整備は、国家安全保障戦略、防衛計画の大綱(いわゆる大綱)、中期防衛力整備計画(いわゆる中期防)を根拠とする。安保戦略のみならず、大綱と中期防にも明確に中国の脅威について記述すべきである。
防衛力整備は、脅威が明確になって初めて具体的で適切なものになる。脅威を不明確にした防衛力整備では、国民の理解を得ることはできないことを強調したい。
第二に、本書で紹介してきた全領域戦について記述すべきである。
現代においては戦いに関する認識が大きく変化している。中国やロシアは平時において目的を達成するための戦いを重視している。軍事および非軍事のあらゆる手段とあらゆる領域を使った全領域戦が常態になっている。
しかし、現行の安保戦略にはサイバー戦と宇宙戦についての記述はあるが、電磁波戦、情報戦(とくに影響工作)、政治戦(とくに統一戦線工作)、経済戦、法律戦などにはふれていない。新たな安保戦略では、とくに平時に焦点をあてた全領域戦について記述すべきだ。
中国やロシアなどの専制主義国家にとって全領域戦を実施するハードルは低い。現に、中国はあらゆる制約を超越した超限戦をおこない、ロシアは(いわゆる)ハイブリッド戦を実施しているのだ。彼らにとって、法的な制約はないに等しく、人命の尊重などの基本的人権に対する配慮が低く、言論・集会・思想などの自由を無視し国家の意思を強制しやすいなど、全領域戦をおこないやすい要素が多い。つまり、全領域戦に適するのが専制主義国家であるから厄介なのだ。
一方、日本をはじめとする民主主義国家が全領域戦を実施する際のハードルは高い。憲法・法律・国際法などの法的な制約を無視することはできず、基本的人権を尊重しなければいけないからだ。また、言論・集会・思想などの自由を無視して国家の意思を強制することもできない。つまり、日本は全領域戦の実施に不適な国家なのだ。
だからといって、全領域戦を無視するわけにはいかない。中国やロシアは全領域戦を日本に対して仕掛けてくるからだ。
日本は全領域戦の戦時下にあり、これに対処しなければ日本はあらゆる領域において侵略されるだろう。これが本連載でもっとも言いたかったことだ。
渡部 悦和
前・富士通システム統合研究所安全保障研究所長
元ハーバード大学アジアセンター・シニアフェロー
元陸上自衛隊東部方面総監
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