最初から正解は選べないから「自分の答え」を正解にしていく
システム導入には父の賛成が得られなかっただけでなく、古参スタッフからの反発もありました。社長もスタッフも、皆ベテランの職人。自分の仕事にプライドをもち、今のやり方に自信をもっているのは当然です。
私には職人としての経験はないけれど、皆の気持ちは想像できるつもりでした。
いきなり「システム化」なんて言われたら、今までのやり方を否定されているように感じるのも無理はありません。おまけに発案者は、まだ若いIT企業出身の私。
「何もわかっていないくせに」と言いたくなるのは当然です。
だから私も、事前にできるだけ多くの「こんなときはどうする?」を想定し、考えつく限りの対応策を用意しました。社内から出された疑問や課題にも、真剣に向き合いました。仕事のミスが減り、効率アップすることは、スタッフひとりひとりにとってもよいことのはず。システム導入のメリットをきちんと伝えれば、私がしようとしていることへの理解が得られるのではないか、と思っていたのです。
今思うと、本当の問題は「システム導入によって何ができるか」ということではなかったのでしょう。寿商店のアナログな仕事に慣れている父やスタッフには、システム化へのアレルギーのようなものがありました。
人の技術がものをいう仕事は、デジタルの対極にあります。理屈以前に、職人である自分がパソコンに向かってカチャカチャと数字を入力するなんて、考えたくもない! という気持ちが強かったのだと思います。
相手の身になって考えたつもりでも思いが伝わらないこともある
結果的に、システム導入は、見切り発車のような形で始めざるを得ませんでした。そして仕事のしかたの変化に反発し、ベテランの料理人がふたりも退社してしまいました。
ていねいに説明や説得を繰り返しましたが、納得してもらうことはできませんでした。システム化の目的は、お客さまにきちんとした商品を提供するためであることを伝えても、返ってくるのは「朝奈ちゃんが前いた会社とは違う」。職人気質のスタッフにとって、私の提案はそもそも受け入れがたいものだったのでしょう。
私としては、反対するスタッフの気持ちも最大限に尊重したつもりでした。でも、人間の想像力には限界があります。システム導入は、会社全体のために必要なことだったのかもしれない。でも、辞めていったスタッフのプライドを深く傷つけたことも事実です。