営業マンが置いていった、アパート投資のパンフレット
今回の相談者は、70代の田中さんです。非常に切羽詰まった表情で、「私、いますぐアパートを建てたほうがいいのでしょうか…!」と、筆者の事務所に駆け込まれました。
田中さんはずっと専業主婦として過ごしていましたが、夫は5年前に他界し、いまはひとり暮らしです。子どもは長女、二女、三女の3人で、全員結婚して家を出ています。所有している財産は、郊外にある100坪超の自宅敷地と建物、夫の保険金1000万円です。夫の財産はすべて田中さんが相続しました。広い敷地の半分は駐車場として貸し出しており、年金と駐車場の賃料で生活は安定しているといいます。
「夫が亡くなったことをどこから聞きつけたのか、いろいろな営業マンが日替わりでやってきて、うるさくてたまりませんでした。家の屋根が壊れている、外壁がはがれている、床下を見せてほしい、ほら、シロアリが…などといって、不安を煽るんです!」
長女と二女は遠方に暮しているのですが、三女が近くにいるため、手に負えなくなると三女やその夫を呼んで対応してもらうなどしていました。しかし、気がかりなことをいう営業マンがいるというのです。
「ある日、例によって営業マンがやってきまして。さっさと帰ってもらおうと思って邪険にあしらっていたら、その人が気がかりなことをいうんです。ご主人の相続のときには特例がって納税は不要だったかもしれませんが、お母様が亡くなって次の世代になると、相続で大問題が発生しますよ、怖いですよ、って…」
訪問したのは不動産会社の営業マンで、このまま対策をせずに田中さんが亡くなると、娘たち3人に高額な相続税の納税が求められる可能性が高く、また、もし相続税を払えなければ、自宅を叩き売る羽目になるかもしれないといったそうです。そして、仲のいい3姉妹でも、相続トラブルになれば関係が壊れて疎遠になるかもしれない、ともいわれ、田中さんは非常に不安になってしまいました。
「私が不安を感じたのがわかったのでしょうね。その営業の方は、翌日すぐ責任者と一緒に、アパート建築のパンフレットと図面をもってやってきたのです」
営業マン2人は、アパート建築による節税のメリットと、収益について熱弁をふるったといいます。
「生前の夫から、財産は取りあえず私が相続して、娘たちには私が亡くなったあと相続させれば大丈夫、と聞かされていたので、その通りにしたんです。でも、娘たちに大変な思いをさせることになったら、本当にどうしましょう…」
その節税、本当に必要?…まずは資産状況を調査
筆者と提携先の税理士は、田中さんの状況と不安を聞き、田中さんの資産状況を詳しく調べることにしました。
田中さんの自宅不動産ですが、建物は築古であり、敷地は広いもののエリア的に評価はそこまで高くありません。現預金を合わせても、3人の相続人がいれば、相続税はほとんど発生しないという試算結果になりました。
つまり、子どもに金銭的負担をかけるような相続になる可能性はなく、節税目的のアパート建築などは不要だということです。
筆者と税理士の説明を聞いた田中さんは、心底ほっとした様子でした。
「娘たちはみんな、孫にお金のかかる大変な時期なのに、私のことで迷惑をかけたらと思うと、気が気ではありませんでした。これで安心しました…」
「さらに重要な相続対策として、遺言書を…」
田中さんは、筆者と話をするなかで、ご自身の相続についてもいろいろと思うところがあったようでした。
後日、遺産分割の内容を決めて遺言書を残したいということで、改めて相談がありました。
「最初は、子どもたちに任せて好きにしてもらおうと思っていたんです。ですが、いろいろ考えまして…。長女と二女は遠方に嫁いでこちらに戻りませんから、私がもっと年をとったら、三女に迷惑をかけることになります。ですから、老後の面倒をかける三女に自宅を相続させて、長女と二女は残ったお金を分けるという内容で、遺言書を作成してほしいのです」
田中さんは、娘たちそれぞれと、この件について話をしたといいます。長女も二女も「それなら安心だし、妹が実家を継いでくれるのはうれしい」とすぐ賛成してくれたそうです。
公正証書遺言は速やかに作成され、遺言執行者には三女を指定しました。
「これで安心して過ごせます…」
田中さんは安堵の表情を見せてくれました。
相続税はすべての相続人に課税されるものではなく、基礎控除を超える分についてのみ課税されます。自分の資産状況や相続税の課税額の目安を把握しておかないと、判断を誤って不必要な対策をしてしまったり、逆に、一切対策をせずに相続人が大変な思いをすることになりかねません。
また、今回の田中さんのケースもそうですが、財産のほとんどが自宅不動産で、相続人は複数名というケースの場合は、資産を均等に分けにくいことから、相続時にトラブルにならないよう、分割の方法を前もって決めておくことが重要です。
田中さんの子どもたちは、三女が母親の面倒を見る代わりに、自宅不動産を相続することで合意しましたが、もしなにも決めないまま、なし崩し的に介護生活に入ってしまうと、近くに暮らす子どもに負担が偏ってしまう可能性があります。その状況がありながら、相続時にほかの子どもが「平等」を主張すれば、親族関係にヒビが入りかねません。
節税と円満な親族関係を維持するには、上記の点を踏まえた対策が必要なのです。
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。