「よその子になったんだわ…」亡き妻が泣いたワケ
今回の相談者は70代の小林さんです。自身の相続に不安があるということで、筆者の元を訪れました。
小林さんの家族は、40代の長男と長女です。妻は小林さんが60代のときに亡くなりました。長男は大学卒業後に家を出てすぐ結婚。いまは隣県で、妻と子ども、そして妻の両親とともに暮らしています。長女も大学卒業後すぐに結婚。長女は子どもが生まれてから小林さんを頼ってきたので、小林さんは所有する土地に家を建て、そちらに長女家族を住まわせています。
「私は仕事にも周囲の人間関係にも恵まれて、70歳近くなるまで仕事を続けることができました。おかげさまで、金銭的な心配はしないですみました」
小林さんの資産内容は、小林さんが暮らす自宅と、長女家族を住まわせている戸建て住宅、現預金と株・投資信託といった金融資産数千万円です。長女が暮らす家の敷地と、預貯金の一部は、小林さんの父親から相続したものです。
そばに長女が暮らし、金銭的な不安もない小林さんですが、遺産の分割について、いまからはっきりさせておきたいといいます。
「私も亡き妻も、最初は長男に家を継いでもらうつもりでいたんです。しかし、結婚後はわが家に寄り付かず、孫の顔もほとんど見せませんでした。何より驚いたのは、報告もなく結婚相手の親と同居していたことです。私と妻がそれを知ったのは、同居から2年が経過したあとでした」
長男が結婚相手の親と暮らすことに不満があったわけではありません。しかし、妻の親と同居しながら、「引っ越しました」というはがき一枚で報告をすませたきり、小林さんの家を訪れたときも、一切状況を語らなかったといいます。
「ある年の正月明けに長男夫婦が来たとき、まだ健在だった妻が〈あなたたちもそろそろ、自分の家をどうするか考えないとね?〉といったところ、〈実はさ…〉と初めて状況を話したんです。妻が何も言わなかったら、黙っているつもりだったのでしょうね」
そのとき、長男の妻はなにも聞こえていない風に、ずっと携帯電話をいじっていたといいます。
「妻は〈よその子になったんだわ〉といって泣いていました。わたしもそれがきっかけで、自分の息子ですが、何となく距離を感じるようになりました」
「子どもの学費と自宅の建築費用を援助してほしい」
その後、もともと体が弱かった小林さんの妻は、持病が悪化して亡くなりました。
「妻の葬儀の席で、長男夫婦がひそひそ話している声が聞こえたんです。長男の嫁が〈いくらぐらいなの?〉といっていたので、葬儀代か会食の料金の話かと思ったのですが、どうやら自宅の値段の話のようでして。〈あっちとこっち、どっちが高いの? やっぱり新しいほうが得よね?〉と…。長女が暮らす家も私名義なのです。だから、私が亡くなったあと、どっちの家を取ったほうが得かという話をしていたのですよ」
小林さんの妻の葬儀からしばらくたって、珍しく長男から連絡がありました。話を聞くと、孫の学費と、妻の両親と暮らす二世帯住宅を新築する費用を援助してほしいということでした。
「長男には、本当にがっかりしました。親の金を当てにせず、自分でどうにかしたらどうかといったところ〈妹には新築の家を建てたじゃないか、差別だ〉と…」
小林さんは、長男にまとまった金額を贈与しておき、自分の相続のときには、残りのほとんどを長女に相続させたいと考えています。
「妻の看病をしたのは長女です。妻が倒れてからも長男は2回ぐらい顔を見せに来ただけで、嫁に至っては一度もお見舞いに来ませんでした。これから先、私が動けなくなっても、長男夫婦は心配もしないでしょうし、手も出さないでしょう。すべて面倒をかけるのは長女です。だから、長女にすべてを渡したい…」
長男には現金の一部を、残りはすべて長女へ…
小林さんが心配なのは、自分の相続のときに、長男が多くの財産を要求して長女と揉めるのではないかということです。
筆者は提携先の税理士とともに、小林さんへ公正証書遺言の作成を提案しました。長男には現金の一部を相続させ、長女にはそれ以外のすべて、つまり、残りの現金、小林さんが暮らしている自宅不動産、そして現在長女が暮らしている家を相続させるのです。遺言執行者も長女とします。
小林さんはその案に賛成し、速やかに手続きへと進むことになりました。
遺言書に、長男と長女に相続させる内容を明記しておけば安心ですし、財産争いによって、小林さんの自宅や長女家族が暮らす家を長男に売却されてしまう心配もなくなります。また、付言事項として、長男にはすでに資金援助をしていること、長女に介護の負担をかけたこと等を明記し、長男には遺言の内容で納得するよう書き添えることになりました。
「長男に相続させるお金は、退職金や株の運用で増やしてきたものです。この先使う予定もありませんし、私が亡くなるまでに大きく目減りすることもないでしょう。遺言書を残しておけば子どもたちが争う余地もなくなり、安心です」
遺言がない場合は、法定割合による分割が基準となります。しかし、遺言があれば、法定割合の半分の遺留分ですむため、万一、遺留分侵害額請求をされても、負担は軽くてすむのです。
放置するとトラブルになることが容易に想像できるのであれば、速やかに対策を考え、遺言書を残すことが重要です。
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。