(※写真はイメージです/PIXTA)

ウクライナへの侵攻を開始したロシアに対して、西側諸国は即座に輸出入制限などの経済制裁を実施しました。しかし、天然ガスの供給をロシアに依存しているという致命的な弱点を欧州は克服できそうにありません。ジャーナリストの田村秀男氏が著書『日本経済は再生できるか 「豊かな暮らし」を取り戻す最後の処方箋』(ワニブックスPLUS新書)で解説します。

世界の本音は「いい加減に矛を収めてくれ」

先ほど述べたように、とくにヨーロッパ各国はロシアからのエネルギー供給を削減されたり禁じたりすれば大きな影響を受けます。

 

2022年5月24日の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)の開会式で、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、「世界は転換点にある。まさに暴力が世界を支配するかどうかが決まる瞬間だ」とテレビ電話を通じて力強い演説をし、参加者のスタンディングオベーションを受けました。

 

しかし参加者たちの本音は、「ゼレンスキーも、いい加減に矛を収めてくれないかな」だったと思います。「ウクライナ戦争疲れ」「制裁疲れ」の状態にあるからです。

 

そもそもが、ロシアという国を潰すのが目的ではないし、ウクライナ侵攻の「落とし所」を早めに探るのが経済制裁の目的です。それが、いつまでもズルズルと長引いていては西側諸国への影響も大きくなるばかりです。早く落とし所を定めて経済制裁も緩和し、世界経済を順調に動かしたいとダボス会議の出席者たちは考えていたはずです。

 

もちろん、ウクライナは戦争をしているわけです。生きるか死ぬか、殺すか殺されるかの戦いをしているのですから、ゼレンスキーが弱みを見せるはずがない。そこはダボス会議参加者たちも理解しているから、ゼレンスキーに「いい加減にしろ」と言いたくても言えないわけです。

 

ゼレンスキーにしても、ロシアとの戦いに強気一辺倒なのは表向きのことであって、本音では戦争を早く終わらせたいはずです。ロシア軍が支配下に収めたとされる東部、南部地域のうち、かなりの部分をとり戻せば、一刻でも早く停戦交渉にもち込みたいと思っている。西側諸国も同じ思いだけれども、その落とし所が探れずに、戦争が長引いていることになります。

 

繰り返しますが、西側による経済制裁の狙いは、ロシアの外貨準備高を激減させることでルーブルを下落させ、ロシアを窮地に追い込むことでした。しかし天然ガスの輸入を全面的に禁止できないため、ロシアは外貨を獲得する手段を確保したままで、西側の目論見は外れたことになります。

 

侵攻開始後の3月2日、米国とEUは、ロシアの複数の銀行をSWIFT(国際銀行間通信協会)から排除することを決めました。世界中の銀行間の金融取引の仲介と実行を行う民間の非営利団体がSWIFTから排除されたことで、ロシアは海外との決済が大きく制限されました。輸出しても、その代金を受けとれない事態となるわけです。

 

しかし、エネルギー関連の取引や国営ガス大手ガスプロム傘下のガスプロムバンクとの取引は、SWIFT排除の対象外としました。

 

ロシアの輸出の主力はエネルギー関連なわけで、本気で制裁を科すつもりなら、ここを最初に排除しなければならないはずなのですが、それができなかった。ロシアを完全に潰すようなことをすれば、強権のプーチンが何をしでかすかわからないという政治的判断が根底にあるにせよ、天然ガスの供給をロシアに依存しているという致命的な弱点をドイツなど欧州は克服できそうにないのです。

 

田村 秀男
産経新聞特別記者、編集委員兼論説委員

 

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本連載は田村秀男氏の著書『日本経済は再生できるか 「豊かな暮らし」を取り戻す最後の処方箋』(ワニブックスPLUS新書)より一部を抜粋し、再編集したものです。

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