新型コロナをめぐる影響工作
新型コロナのパンデミックにともない、中国やロシアの「意図的な偽情報の拡散(いわゆる偽情報キャンペーン)」が世界的な問題になっている。
さらに問題なのは、中国やロシアの偽情報とまったく同じワクチン陰謀論などをSNS上で拡散する日本人も相当数存在することだ。彼らは、知らず知らずのうちに中国やロシアの偽情報を拡散するデュープスの役割を果たしている。
その状況はサイバー戦に似ていて、邪悪な意図をもった者がコンピュータウイルスをインターネット空間でばらまき、そのウイルスに感染した者(デュープス)がさらにそのウイルスをSNSの友人や知人に拡散するようなものである。ウイルス拡散の連鎖における重要なコマになっているデュープスの存在は、ワクチン接種率の向上を妨害し、感染者の増加を招き、結果として人類の新型コロナ克服の妨げとなっている。
また、ビル・ゲイツ氏に関する陰謀論も荒唐無稽である。
「新型コロナもワクチンも、増えすぎた人類の数を減らすためのものだ。この背後にビル・ゲイツがいる」「ビル・ゲイツが新型コロナウイルスワクチンと偽ってマイクロチップを埋めこもうとしている」という主張を真顔で流布する人々が存在する。こうした荒唐無稽な主張が一定の影響力をもつ時代が到来したのだ。
かつて「世界一の大富豪」であったゲイツ氏は、妻(メリンダ)とともに慈善基金団体「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」を運営し、精力的な慈善活動を続けてきた。この財団はマラリア、ポリオ、麻疹などの根絶に400億ドル(約4兆3000億円)を投資してきたという実績がある。今回のCOVID―19パンデミックに際しても、ワクチン・治療薬の開発などに対して計3億ドル(約320億円)を提供している。
しかし、そんなゲイツ氏に対する陰謀論がアメリカで流行している。共和党支持者の44%がゲイツ陰謀論を信じている。一方、民主党支持者のゲイツ陰謀論を信じている人は19%にとどまっている。ゲイツ陰謀論はきわめて党派的な現象であり、米国内の分断のひとつの証拠でもある。
■新型コロナのワクチン
世界は未い まだに新型コロナに苦しめられている。ロックダウンや緊急事態宣言はある程度の効果はあるが、決定的な解決策にはなっていない。切り札として登場したのがワクチンであるが、ファイザー社やモデルナ社のmRNAワクチンは優秀で明らかに大きな成果を出している。
私が注目している免疫学の第一人者である宮坂昌之大阪大学名誉教授は、フェイスブックなどを通じて新型コロナへの正しい対処法について啓蒙活動をおこなっている。彼は、科学的根拠に基づき、「ワクチンには感染予防、発症予防、重症予防という3本の矢が備わっており、ワクチンを接種しない選択肢はない」と述べている。
しかし、世界中でワクチンに関する偽情報や誤情報はあとを絶たない。これらの偽情報や誤情報には、ロシアや中国など国家が影響工作の一環として流布しているものと、非国家の団体や個人が流布するものとがある。とくに個人はロシアや中国の影響工作と似たような主張を展開しており、実質的にロシアや中国のデュープスになっている。
中国は、武漢から発生した新型コロナウイルス(武漢ウイルス)の世界的なパンデミックに際して、世界の人たちに対する謝罪をしていない。謝罪するどころか、武漢ウイルスの由来は中国ではなく、外国であり、米国かもしれないと主張している。
例えば、中国外交部の趙立堅報道官は2020年3月12日のツイッターで、「米軍が新型コロナの流行を武漢にもちこんだのかもしれない。データを公表し、透明性を向上させるべきだ。米国は中国に説明する義務がある」と米国を批判した。中国外交部の報道官が証拠もなく、ここまで踏みこんで米軍関与陰謀説を主張するのは、背後に習近平主席の同意があるとみるのが妥当だ。
そして、武漢ウイルスの感染拡大について、「ウイルスの拡散を防ぐため、中国政府は多くの国民を閉じこめる都市封鎖をやった。世界を救うために巨大な犠牲に耐えた。だから世界は中国に感謝すべきだ」という感恩外交を展開した。
彼らが明らかな虚偽の主張をくりかえす背景には「超限戦」に通じるものがある。噓も方便、噓も100回言えば真実になる、という発想である。ナチスのヨーゼフ・ゲッベルスが展開したプロパガンダを語るときによく引き合いに出されるフレーズだ。
しかし、中国のあまりにも荒唐無稽な大外宣(大プロパガンダ)は逆効果で、米国内では中国に対する超党派の怒りが沸き起こっている。「中国政府は、武漢ウイルスが引き起こした危機を利用して、世界中で経済的・政治的優位を確立しようとしている。中国政府の誠実さや善意を期待してはいけない。より強固で現実的な対中戦略が必要だ」という点で共和党と民主党の意見が一致している。