アルバイトへ多額の給与過払いをしてしまい…
相談者のげんざぶさん(仮名)は、都内で従業員を10名ほど雇い会社経営をしていますが、先月アルバイトである学生のTさんに対して、誤って本来の給与額を大幅に超える金額を振り込んでしまいました。
げんざぶさんは翌月に給与の過払いに気付き、Tさんの上司を介して振込ミスの旨を謝罪のうえ返還を求めました。しかしTさんは「振り込まれた給与は使ってしまった」「分割での返還も毎月の支払いがあるので難しい」とのことで、現状この件は据え置きとなっているそうです。
現在もTさんの雇用を続けていますが、本人に返還の承諾を得ることが難しいため、Tさんの退職後、本人名義宛にて本籍のある茨城県の実家へ過払い分給与を請求する旨の内容証明を送ることを検討しており、ココナラ法律相談「法律Q&A」に相談しました。
果たして、会社側のミスによる過払い給与の返還を内容証明で請求することについて、法的な問題はあるのでしょうか。
退職後の回収には、時効やプライバシーの問題がある
2022年、世間を騒がした山口県某町の誤振込(ごふりこみ)の問題。
誤振込を受けた人は、誤振込みのお金を取得する法律上の原因はありません。そのため、誤振込を受けた人は誤振込をした人に対して、このお金を返す義務を負います。
この誤振込の問題と同様、従業員が会社から、給与や残業代の金額を超えるお金を取得する理由がない場合、その従業員は勤務先に対して、過払い分のお金を返還する義務を負います。
ただ、今回の相談のように従業員が過払い給与を任意に返還しないケースがあります。しかし、退職まで待って、退職後に本籍のある実家住所に内容証明郵便により過払い給与の返還を求める手法は推奨しません。
まず一つ目が、時効の問題です。
過払い給与に関する不当利得返還請求権には時効があり、会社が過払いを知ってから5年で消滅してしまいます。令和2年4月1日以前の過払い分であれば、10年です。
この消滅時効による権利の消滅には、返還義務を負う従業員による『時効を援用します。』という意思表示があって初めてその効果が生じます。
昨今の情報化社会であれば、インターネットからあらゆる情報を検索できますから、従業員が消滅時効の情報を収集して、あるいは弁護士に相談して、過払い給与の時効を主張することは十分にあり得ます。
次に、プライバシーの問題です。
従業員が本籍地のある実家住所を生活の本拠としているのであれば、その住所に通知書を従業員本人宛で送付することに問題はないでしょう。
しかし、従業員が実家に住んでいないにもかかわらず、両親に立て替えてもらう、あるいは、両親から従業員に返還を促してもらうことを目的として、通知書を実家宛にお送りすることは従業員のプライバシー等の利益を侵害することになりかねません。
このような場合には、実家宛に過払い分の返還を求める通知書を送付することは控えるべきです。
補足として、不当利得返還義務の範囲の問題もあります。
従業員は、受け取った過払い分のすべてを返還するべきと考えるかもしれませんが、実はそうではありません。
まず、給与の過払いを受けたことを知らなかった(法律上「善意」といいます。)場合には、現時点で残っている利益(現存利益)の返還のみで足りてしまいます。
生活費や借金の返済に充てている場合には、これらの支出を免れた分、利益は現存していると考えますが、パチンコやインターネットカジノ等の遊興費に支出した場合には、利益は現存していないと考えますので、今残っているお金を返せば事足りることになります。
他方で、給与の過払いを受けたことを知っていた(法律上これを「悪意」といいます。)場合には、たとえ現時点で過払い分のお金が手元になかったとしても、過払い分すべてとその利息を付けて返還しなければなりません。
本件では、過払い額が大きかったとのことですので、おそらく従業員は過払いについて悪意と言えますから、過払い分の全額に法定利息(年3%)を付けて返還する義務を負います。