(※写真はイメージです/PIXTA)

田中角栄の時代は官僚全盛の時代です。30歳代、40歳代の課長補佐、課長クラスが法案をつくり予算を組み立て、国を動かしていました。そんな官僚の心をどうやってつかんだのでしょうか。ジャーナリストの田原総一朗氏が著書『田中角栄がいま、首相だったら』(プレジデント社)で解説します。

「角さんなら」官僚を動かす角栄の凄み

しかも、「角さんの本が出るタイミングで、うちの省が発表できる最新のデータ、最新のファクツを提供させてもらう」と言う。これには「随分驚いた。勇気100倍だった」と小長は言う。

 

「霞が関がこれほどまでに協力態勢を組んでくれるとは。これはいい本になるぞ」

 

そう確信したという。

 

■霞が関官僚の恐るべき情報収集力

 

「役人の情報なんて」
「お役所仕事」

 

そう思われるかもしれない。ところが、日本の官庁、とりわけ霞が関の場合、その情報収集能力は極めて高いものがある。

 

国土交通省の局長クラスから民間企業に天下った元官僚から、こんな話を聞いたことがある。

 

「民間企業に入ってみて愕然としたのは、情報量の少なさだ。官と民の間の情報量の格差に驚いた」

 

役所にいたときなら簡単に手に入った情報が、民間企業に移った途端に入らなくなる。この官僚の天下り先は経団連銘柄の業界トップ企業だったが、「改めて許認可権と予算の配分権を持つ霞が関の情報力の高さを知った」のだという。

 

だから、霞が関が情報を出すのか出さないのか、協力するのかしないのか、これが重要になる。とりわけ『日本列島改造論』のような政治家の著書になると、情報の量と鮮度が大切だ。出版は1972年。角栄が総理の座を目指し具体的に動き始めた年である。著書の出来次第では、角栄の将来を左右しかねない。

 

日本という国は、基本的にアメリカとの外交交渉で決まる。日米首脳会談など大きな節目に合わせて国の方針や計画、予算を決めていく。取り仕切るのは霞が関だ。情報もそうした節目に合わせて公開していく。

 

だから角栄が書いた本が「どの段階で出版されるのか」が重要になる。タイミングによって出せる情報と出せない情報がある。その段階では「マル秘」扱いであっても、角栄の本が出版された後には公開情報になっているものもあるからだ。

 

裏を返せば、霞が関の官僚たちは、そこまで角栄に協力しようとした。ギリギリまで引きつけて、角栄が出す本の品質を高めようと考えてくれたのだ。

 

■熾烈な競争を生き抜く官僚を使いこなす

 

「役人」というと、のんびりと同じ仕事を続けるイメージがあるかもしれない。しかし、霞が関の官僚は違う。出世競争は民間企業よりもはるかに熾烈だ。役人時代にどのポジションにまで上り詰めるのかで生涯年収に決定的な差がつく。

 

審議官で止まるのか、局長まで行けるのか、事務次官まで上り詰めるのか、それで退官後にどの企業や団体のどのポジションに天下ることができるのかが決まる。一歩階段を上るか上らないかで、生涯年収が数百万〜1000万円単位、あるいはもっと大きな単位で異なってくる。

 

しかも、短時間での成果が求められる。官僚の役所での評価は予算の編成作業と同じで1年ごと。民間の製造業や金融機関のトップの場合なら、いったんその地位につくと4〜6年は続けることが多いが、中央官庁のトップである事務次官の任期は1〜2年。3年はまずない。

 

1年ごとに省内の権力構造が変わり、その変化の中で潮目を読みながら、その下の役人たちも年々、成果を出さなければならない。1年1年が真剣勝負。厳しさは民間以上だ。

 

そんな多忙な官僚を「角さんなら……」という思いにさせ、動かすのである。ここに角栄の凄みがある。角栄の時代は官僚全盛の時代だ。30歳代、40歳代の課長補佐、課長クラスが法案をつくり予算を組み立て、国を動かしていた。そんな官僚の心をどうやってつかんだのか。

 

前野 雅弥
日本経済新聞記者

 

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本連載は田原総一朗氏、前野雅弥氏の著書『田中角栄がいま、首相だったら』(プレジデント社)より一部を抜粋し、再編集したものです。

田中角栄がいま、首相だったら

田中角栄がいま、首相だったら

田原 総一朗 前野 雅弥

プレジデント社

2022年は、田中角栄内閣が発足してからちょうど50年にあたる。田中角栄といえば、「ロッキード事件」「闇将軍」といった金権政治家のイメージが強いが、その一方、議員立法で33もの法案を成立させたり、「日本列島改造論」に代…

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