(画像はイメージです/PIXTA)

予期せぬ別れに直面したとき、人は何を思い、どう乗り越えるのか。書籍『もう会えないとわかっていたなら』(扶桑社)では、遺品整理会社、行政書士、相続診断士、税理士など、現場の第一線で活躍する専門家たちから、実際に大切な家族を失った人の印象深いエピソードを集め、「円満な相続」を迎えるために何ができるのかについて紹介されています。本連載では、その中から特に印象的な話を一部抜粋してご紹介します。

「あなたの子どもで幸せでした」納体袋であっても伝えたい言葉

「ご自宅の住所を教えていただけますか?」

 

鈴本さんは故人を自宅へ帰す手はずを整えてきたのです。病院からは、納体袋を決して開けてはいけないということが、遺族と我々に注意されました。

 

故人のご自宅は、住宅街にある古い一軒家でした。ご遺族の望み通り、ご遺体を小さな庭に面した和室に安置しました。庭に植えられた一本の桜が満開を迎えていました。小さな庭には不釣り合いなほど大きな桜です。

 

「おばあちゃんは、この部屋で過ごすのが大好きだったんです」

 

女の子がそう言って、故人の隣に座ります。納体袋があっても、彼女には祖母の姿が見えているのだろうと思いました。

 

「おばあちゃんを連れて帰ってくれて、ありがとうございました」

 

女の子が頭を下げると、鈴本さんは「いいんですよ」と、首を横に振りました。

 

「私もおばあさんにご家族と過ごしてもらいたかったですから……」

 

納棺や通夜を待つ間も、故人のまわりにはいつも家族の誰かがいました。隣に座って庭の桜を見つめていたり、故人に話しかけたり、それぞれが家族の時間を過ごしていたのです。それを見て、私も「おばあさんを帰宅させることができて本当に良かった」と思いました。

 

告別式も終わり、火葬場へ移動したとき、鈴本さんが遺族を集めました。

 

「最後に、顔を見てお別れしませんか?」

 

遺族は驚きの表情を浮かべました。誰もが、このまま納体袋を開けられず、顔を見ることもできないままお別れになるものだと思っていたのです。

 

「できるなら、やってもらいたいです」

 

制服姿で参列していた女の子が一歩前に歩み出て声を上げました。

 

厚労省のガイドラインもあり、自治体によってルールも様々ですが、鈴本さんは「少し時間をもらえれば、お顔を見せてあげることができますよ」と遺族に伝えました。

 

二重になった納体袋は中が透明なため、外側のファスナーを開けば、顔を見ることができます。自宅と違い、火葬場で荼毘に付す直前の短い間なら、問題はないと教えてあげたのです。

 

「お願いします」

 

その後、遺族は故人と対面をしてお別れをしました。

 

「ありがとう」「あなたの子どもで幸せでした」「おばあちゃん大好きだよ」

 

どれも、顔を見なければ伝えられない言葉だったでしょう。

 

「ご遺族に、ちゃんとお別れをさせてあげたかったんだ」

 

火葬場からの帰り、車の中で鈴本さんはそう言いました。対面してお別れをすることで、遺族は心の整理ができる。それが大事なのだと……。

 

鈴本さんは、亡くなった方の心にも、これからも生きていく方の心にもしっかりと寄り添うことのできる葬儀屋さんなのです。

 

本連載は、2022年8月10日発売の書籍『もう会えないとわかっていたなら』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございます。あらかじめご了承ください。

もう会えないとわかっていたなら

もう会えないとわかっていたなら

家族の笑顔を支える会

扶桑社

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