(画像はイメージです/PIXTA)

死はいつ誰に訪れるかわかりません。予期せぬ別れに直面したとき、人は何を思い、どう乗り越えるのか。実際に大切な家族を失った人や、葬儀に関わる人の印象深いエピソードを、家族の笑顔を支える会が編集した書籍「もう会えないとわかっていたなら」から一部抜粋してご紹介します。

妻が老人ホーム探しを急いだ理由

私は、老人ホームへの入居を考えている方のお話を伺い、その方に合った老人ホームを紹介することを仕事にしています。そんな私が森田家を訪れたのは、昨年の一二月のことでした。

 

森田夫妻は共に八〇代。コロナ禍の中、高齢夫婦の家を訪ねるわけにはいかないと、はじめは訪問を遠慮したのですが、奥様の和子さんに「どうしても急いで来てほしい」と言われ、伺うことにしたのです。

 

玄関に迎えに出てくれた和子さんは鼻にチューブをつけていました。そのチューブは家の中に長く伸びており、酸素ボンベに繋がっているのだそうです。和子さんは見るからに呼吸が辛そうで、少し話をするとゼエゼエと息を切らせていました。

 

「とにかく急いで老人ホームを見つけたいのよ」

 

あいさつもそこそこに和子さんは言いました。

 

その方に合った老人ホームを見つけるのは簡単なことではありません。予算だけでなく、介護度や持病、その方がどんなふうに暮らしたいのかなど、様々な要望と照らし合わせなければなりませんし、私は下見も繰り返した上で決めるべきだとお伝えしています。

 

しかし、和子さんには急いでいる理由があったのです。

 

「医者は来年の夏は迎えられないって言ったわ」

 

和子さんは末期の肺がんで、医者から余命宣告を受けていました。そして、ご主人の清さんは認知症の進行が始まっていたのです。しっかりしている時間も多いのですが、時に自分が何をしているかもわからないそうです。

 

そんな話をしている横で、清さんはぼんやりとテレビを見ていました。

 

「明日死ぬかもしれないってのに、こんな状態のこの人を置いていくわけにはいかないから」

 

子どものいない和子さんは、自分が生きているうちに清さんの落ち着き先を決めたいと考えていたのです。

 

その後、森田家には何度もお邪魔しました。身体が辛いときでも、和子さんはベッドに横になったまま、私の話を聞いてくれました。

 

夫婦は話し合いをしながら、二つのホームに候補を絞り、私と一緒に見学にも行きました。森田夫妻はいつも喧嘩をしていました。

 

和子さんは、清さんがこれまではできていたことができなくなっていくことに苛立っているようでした。清さんが失敗したことに苛立っているのではありません。そんな清さんを置いていかなければならない自分に苛立っていることが、端で見ていてもわかりました。

 

清さんももちろんそれは知っていました。私と二人になると反省したように言うのです。

 

「あいつも大変だからな。ほんとは俺がしっかりしなきゃいけないんだよな」

 

喧嘩をしながらも、お互いを思い合う夫婦の気持ちに心が震えました。

次ページ「主人のこと、よろしく…」

本連載は、2022年3月17日発行の書籍『学校では教えてくれなかった社会で生きていくために知っておきたい知識』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

もう会えないとわかっていたなら

もう会えないとわかっていたなら

家族の笑顔を支える会

扶桑社

もしも明日、あなたの大切な人が死んでしまうとしたら──「父親が家族に秘密で残してくれた預金通帳」、「亡くなった義母と交流を図ろうとした全盲の未亡人」、「家族を失った花屋のご主人に寄り添う町の人々」等…感動したり…

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