父の介護、任せっきりな妹たち…
賢一さんのお宅の庭には、一本のカリンの木が植えられていました。色づいた葉の中に大きな実を付けたその木を見上げながら、相続診断士の私は賢一さんと妹さんたちが相続で揉めているという話を聞かされたのです。
妹さんたちの気持ちが少しでもわかるかもしれないと、賢一さんは女性である私を指名しました。昔はここで家族が団らんしたと思われる茶の間で、私は賢一さんと向かい合いました。
つい先日まで、賢一さんはこの家でお父さんと二人暮らしだったといいます。八〇歳を迎えたばかりの父親と、五〇歳を超えた長男の二人暮らし。がんを患い、体力の落ちたお父さんは介護が必要で、賢一さんは会社勤めをしながら、お父さんの世話もしていたのです。
「妹さんたちは、手伝いには来られなかったのですか?」
賢一さんには二人の妹がいました。二〇年以上前に嫁いではいましたが、二人とも賢一さんの住む実家からそれほど遠くない場所に住んでいます。
「母のときは、妹たちに任せっきりだったので……」
賢一さんのお母さんは五年前に他界しています。最後の一年間はがんの治療のために長期入院し、そのときは、妹たちが代わる代わる病院に通っていたのだといいます。
「母も、男の私の世話になるより妹たちに面倒を見てもらいたがっていましたし、その頃は、私も離れて暮らしていたので……」
賢一さんは二年前、離婚を機に実家に戻っていました。そして、今度は父親ががんになったのでした。
「妹たちにはそれぞれ旦那もいるし、なんだかいろいろ頼みづらくて……」
結局、賢一さんはお父さんが最後の入院をするそのときまで、一人で介護をしたのです。
父が遺言を残さなかった結果…
お父さんは遺言を残していませんでした。賢一さんは、お父さんに何度も遺言を書くように勧めたのですが、お父さんは自分の子どもたちが多くもない財産で揉めることはないと思っていたのだそうです。
「ただ、父はずっとこの家と墓は守ってほしい。そして、兄妹で仲良くしてほしいと言ってたんです。それなのに……」
お父さんの葬儀のあと、賢一さんは妹さんたちにお父さんの思いがあるから自宅は自分が継ぐ代わりに、残された預貯金を妹たち二人で分けるよう提案したのですが、妹二人は、遺言が残されていなかったのだから法定相続分である三分の一の遺産が欲しい、そのために実家を売って現金化したほうがいいと言ってきたのだそうです。
「なんか、頭にきちゃって……。だって、そういうことじゃないでしょう」